離婚問題解決支援サイト「より良い明日を求めて」−コラム・・離婚問題
コラム:離婚問題に関する管理者の主張や日々の思い
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ちょっと長いですが、お付き合いください

ほとんどの離婚に弁護士はいらない

弁護士激増で熾烈になった顧客獲得競争

 最近、弁護士のHPが爆発的に増えています。
その背景には、平成18年以降の新司法制度改革による弁護士の大幅増員があります。弁護士数はこの15年で倍増し、現在は業務経験が10年以下の若手弁護士が総数の半数に達すると言われています。その結果、当然のように弁護士業界の競争は激化しています。もはや、庶民にとって弁護士は、伝手(つて)がなければ探せないとか、飛び込みでは相談してくれないような時代ではなく、むしろ弁護士のほうから『何かお困り事はありませんか?』と問いかける時代になったと言えるかもしれません。
すでに飽和状態とも言うべき状況で、弁護士にとって企業に新規の顧問契約を求めることは極めて難しく、借金・離婚・相続といった民事・家事事件を前面に打ち出す法律事務所のHPが増えても致し方ないところでしょう。
こと離婚問題に限れば、すでに10年以上も離婚の件数では横ばいあるいは微減傾向が続いており、この間決して生活が豊かになったわけでもありませんから、弁護士の需要が増えたという状況ではありません。ただ離婚問題に対するこれまでの弁護士のスタンスは、『ほとんどが話し合いで解決すべき問題であり、調停においても弁護士は必要ありません』というものであったのが、いまや、離婚に関しての無料相談を謳うほど積極的な法律事務所も少なくないほどになっています。

ここでよく考えてほしいのは、あなたの離婚問題が本当に弁護士を必要とし、裁判まで想定しなければならないものなのかということです。全国で年間20数万件ある離婚問題で、解決を調停に委ねられるのが1割程度、その後裁判となるものがその1割程度ですから、全体の1%程度に過ぎません。私がこれまでに扱った中では、裁判にまで及ぶのは年に1件あるなしであり、0.2%前後となっています。このことは、決して、裁判をしたいけれどお金がないから、あるいは引き受けてくれる弁護士がいないから諦めた結果などではありません。どうしようもなくこじれていても、冷静に話し合える状態ではなくても、お金と時間とエネルギーのかかる裁判だけは避けようというお互いのコンセンサスを創り、さまざまの努力と工夫で協議の合意に漕ぎつけた結果なのです。

しかしながら、現在の弁護士業界の大きな流れは、私如きの小さな力で変えられるものではありません。
今後は離婚問題を弁護士に相談し、その結果解決が裁判になるという裁判離婚は大幅に増えて行くことは間違いのないところでしょう。
私は、せめてこれをお読みの方には、離婚問題の解決に裁判の道を選ぶことが決して望ましいことではなく、また、弁護士にその解決を委ねることが最良の方法ではないことをお分かりいただきたいのです。
このことを少しでもご理解いただくため、以下にその理由を述べたいと思います。

お金の問題=その額の大きさと採算

まずは、経済的な問題、平たく言えば庶民にとっては莫大なお金がかかるということです。問題は、その絶対額の大きさだけではなく、採算性の問題もあります。
弁護士の無料相談を利用することは大いに結構でしょう。一般的に弁護士の相談料は1時間1万円程度ですからありがたいことです。ただ、無料であるがゆえに、あなたの問題に対して道義的に責任を負う気持ちが希薄になることは避けられません。
弁護士とて多額の事務所運営経費を抱え、ボランティアをやっているわけにはいきませんから、あなたの問題が今後自分の業務が入り込む余地はあるかを主体に話を聞くことになります。つまり、あなたが聞きたい人生相談の部分の答えは、弁護士からはまず聞けないことになります。
通常、弁護士の仕事は、ある程度の話を聞いた後、依頼者がその弁護士を代理人としてお願いすることからが本番となります。その後に発生するのが『着手金』という数10万円単位のお金になります。
無料相談を行う弁護士にとって最も迷惑なのは、『無料だから当然』とばかりに、まるで公的サービスを利用するように法律相談を求め、それだけで終わってしまう相談者ということになります。
その次には、現在、または解決後も到底高額の弁護士費用を払える見込みのない人です。
このことについて、弁護士は『法テラスを利用すれば分割できます』などと簡単に言うことがあります。
このようなところが多くの弁護士の庶民感覚のなさの表れでもあります。
離婚問題に直面する人たちには、我々の1時間5千円程度でも苦しい人が大勢いるのです。
相談料・弁護士費用の支払能力で問題の難しさが決まるわけではありません。
しかし、今現在でも相手に弁護士がついただけで、ご自分の当然の要求を断念せざるを得なかった人が大勢いるのです。

次に採算性について述べます。
たとえば不倫が原因の離婚について考えてみましょう。
裁判の結果得られる慰謝料は、通常の離婚で300万円程度となっています。婚姻期間が1〜3年ともなればさらに小さい金額になるでしょう。夫婦双方が弁護士を立て、しかも探偵まで使って証拠収集をした場合など、まず採算が合わないことになるのはお分かりいただけると思います。
まして、不倫問題で他人を相手の裁判となれば、その決着は離婚慰謝料の半額以下程度になってきますので、結果的に虚しいものに終わってしまうことになる可能性が高いと言えるでしょう。
お金の問題としてとらえれば、話し合いによって慰謝料のなどの要求を結果的に半額に落として決着したとしても、得られる金額は裁判によって得られるものに比べればはるかに多いことになると思われます。

こんな話があります。
ある女性が夫の申し立てた離婚調停で、弁護士に依頼しました。
夫は浮気を繰り返す有責配偶者、女性は離婚拒否をし、婚姻費用分担請求をするだけの、弁護士にとってはさほど難しい問題とは思えない、さらに言えば弁護士をつける必要さえもないと思われる事例です。
婚姻費用は審判で決まり、離婚調停は不成立に終わりました。
着手金・報酬とも20万円程度でしたから、その女性には比較的良心的な弁護士との思い込みがあったようです。ところが、調停が終わり、弁護士から請求されたのは成功報酬として数百万円にも及ぶ莫大なものでした。その根拠は、受任の際に交わした契約書にありました。そこには婚姻費用の成功報酬は、その『7年分の額の10%』と書かれていたのです。 
この女性の夫はかなりの高額所得者で、計算上はこんな額になったわけです。
しかし、それにしても…
この弁護士は、女性に同伴して調停に出席し、座っているだけでほとんどしゃべることもなく、陳述書を書くこともなく、短時間で一般サラリーマンの年収のような金額を稼いだことになります。しかし、この弁護士に悪意はなく、たまたま効率の良い仕事に当たったに過ぎません。単純に弁護士を良心的と信じ、契約書の文言を確認しなかった女性の側に落ち度がにあると判断されてしまうのです。
通常、婚費分担調停は離婚調停と並行して申し立てられることが多く、離婚が決まるまでの調停期間中の生活に窮しないための臨時措置というような性質のお金でもあります。この成功報酬の計算根拠が、なぜ7年もの長きに及ぶものなのか理解に苦しみますが、このような設定は他の多くの法律事務所にもあるようです。また、養育費にまで成功報酬を設定し、その総額の10〜15%を払えという事務所も見受けられます。
婚費にしろ、養育費にしろ、裁判所で決定されるのは算定表によるものがほとんどであり、十分な金額とは言えないことのほうが多いでしょう。また、幼い子供がいる場合は、婚姻費用の中に子供の養育費用を含んでおり、このような性質のお金から歩合として差し引くことに何のためらいも感じないのはいかがなものかと思ってしまいます。

これまでの話を読んでいかがでしょうか?
お金の額・採算性の問題は弁護士に依頼すること、裁判をすることに対して大きなネックになってくることはお分かりいただけたでしょうか。ならば、弁護士費用が安ければ、あるいは、得られるお金が多ければ問題はないじゃないか、と思われる方もいるでしょう。
それでも私は、離婚問題・不倫問題を弁護士に委ねるべきではない、裁判にまでするべきではない、と言いたいのです。
私の本当に言いたいことはこれからです。

小さな問題が大きな紛争になってしまう

飲食店で客が酒に酔って暴れ、店に展示していた高価な器を割りました。店主は客に対して弁償を求めましたが、客は一筋縄ではいきません。『器を置いているほうが悪い』とか『おかげで怪我をしたから治療代を払え』とか言って譲りません。
仕方なく店主は弁償してもらうことを諦めましたが、その後もその客は、店主の弱気を見透かしたかのように再三店に来て治療代を請求するようになりました。困った店主は弁護士に相談しました。
すると弁護士は、「そんなことは簡単です、『ウチの顧問弁護士と話しますか?』と言えばいいんですよ」とアドバイスしました。店主は、弁護士の言う通り、客に言いました。すると、その客は、その後一切店には来なくなったそうです。

この話をどうお感じになりますか?  『痛快』とお感じの方も多いでしょう。
私は違います。何とも言えない嫌なものを感じました。
なぜでしょうか?
この話は、今の日本における弁護士の社会的立場や、庶民にとって弁護士がどんな存在なのかをよく表しています。
『俺のバックに誰がついていると思ってるんだ!』
これでは、先頃引退した大物芸能人の発想と何ら変わりはありません。
弁護士の口からこのようなアドバイスが出たわけですから、『用心棒として使ってもらって結構』ということになりますね。

相手が悪質なクレーマーだから痛快に感じることも、これをあなたに置き換えてみたらどうでしょう?
離婚・不倫問題でいきなり相手側から弁護士が出てきたらどう感じるでしょうか?
冷静な話し合いを求めていたあなたが妻であるなら絶望するかもしれませんし、夫なら怒り狂うかもしれません。
それほど弁護士は我々庶民にとってみれば大きなそして畏れ多い存在ということです。
その後はこちらも弁護士を立てて戦うか、それができない場合は相手の言いなりに屈してしまうかの両極端しかないと思ってしまうでしょう。極端な言い方をすれば弁護士を脅しの手段に使えるということになり、このようなことを離婚問題に応用することが望ましくないのは言うまでもありません。

私は、これまで数多くの離婚相談を受けてきた離婚問題専門家として、普通の方の離婚を決して紛争にしてはならないという信念を持っています。また、当事者も決して紛争を望まないことも知っていますし、不幸にも裁判に行かざるを得なかった方が、どれだけ虚しい思いをし、後悔することになるかも知っています。

最近のネットでは、離婚問題を扱う弁護士事務所のHPの進出が非常に目立つことは前にも触れました。
これらの弁護士事務所のHPを見て私は『何か違うな』と思ってしまいます。
何が違うか、・・・
どうしても『戦闘的』なものを感じてしまうのですね。
相手と敵対し、裁判まで想定したような法律的記述が多く、人間的な部分が抜け落ちているような気がしてなりません。
離婚問題に直面した人たちは、本当にこのような情報を求めているのだろうか、と考えると、そうではないと確信を持って言えます。

私が難しい離婚問題の相談を聞く場合は、余すことなくその人の話を聞くことが大前提です。
婚姻生活の始まりからこれまでの情況、その方や相手方の親族関係や生い立ち、現在の仕事の内容や立場、日頃の言動など可能な限りを聞き、相談者に寄り添い、理解しようとします。そうしなければ、話し合いの道を探ることは困難だからです。
しかし、弁護士にはそこまでの必要はありません。
相談者が言いたい数多くのことから、法律的な要件のみを抜き出し、法律に照らして正しいか、裁判官がどう判断するかの観点だけで十分仕事ができますから、相談者にとって言いたいこと聞きたいことの大半が置き去りになってしまいます。
話の内容が感情的な部分になると『それは法律相談ではありません』などと言われてしまうことになります。
つまり、弁護士は、『勝つ』ことが依頼者の最大の利益になると信じて仕事をします。

私は、離婚とは『法律的に白黒つければいい』と、割り切れるようなものではないと思います。
離婚の道を選ぶとすれば、おたがいこれからの生活も心配です。子どもの将来もありますから、相手をたたきのめしてでも、離婚後、自分ひとりだけが元気で働ければよいわけでもないでしょう。もちろん、お金の心配もありますから、採算度外視で相手と徹底的に争うわけにもいきません。
このように考えると、弁護士先生には申し訳ないのですが、普通の人の離婚問題は弁護士と相談して裁判という争いまで想定して解決するような方法は、なじまないのではないかと私には思えるのです。

そもそも離婚というものは1対1の人間関係の問題なのですから、結婚の判断に第三者が入り込む余地がないのと同様に、離婚にも第三者の割り込む余地はないはずです。離婚の相談を受ける側は、良心的な人なら、話し合いを勧めたり、どうしたら話し合いができるかのアドバイスをしたりするのが当然であって、『私が代わりに伺いましょう』などとしゃしゃり出るのは身の程知らずとか不遜のそしりを受ける行為になりかねません。

私の事務所には時々『こんな弁護士をどう思います?』というような電話相談があります。私に対して、いわゆるセカンドオピニオンを求めてくるのです。わざわざ弁護士を雇っているのに、何も行政書士に意見を求めなくても、…と思いますが、どうも最初の思惑とは違う方向に進んでいて、『何でこんな大問題になってしまったんだろう…、しかも多額の出費をして…』という後悔の念を吐露することが多いようです。

調停・裁判などに向かうと、どうしても自分を有利にするために相手を非難する材料を懸命に探すようになります。
『よだれを垂らして夜ごと女を漁るセックスアニマルの夫』、
『顔を合わせれば狂ったように妻を殴る暴力男』、
『湯水のように金を使いまくる浪費家の妻』、
『気分次第で子供を殴りまくる虐待母』
とても事実を反映しているものとは思えない相手への人格攻撃、誹謗中傷した過剰な表現の裁判書類を見ることもあります。
このような書類を読むためにこのような場所に自分の身を置きたい人がどれだけいるでしょう。
極端な例かもしれませんが、これに近いような文章表現があり、最終的に勝ち負けが決まるとなれば、どうしても憎しみや恨みが残る結果になることは避けられません。

もちろん敵対的にならざるをえない離婚もあるでしょう。
しかし、やむを得ず離婚するのか、相手を叩きつぶしてでも離婚するのかを客観的・冷静に見た場合、前者のほうが圧倒的に多いことは、調停・裁判離婚の数が協議離婚に比べていかに少ないかという数字にも表れています。

二人で決めた結婚ですから、離婚も二人で決めましょう。
調停や裁判で他人に決めてもらった離婚には悔いが残るものだと私は思っています。
最終的に離婚の結論になるにしろ、何とか冷静に話し合うことができれば、これまで感情の行き違いがあり、誤解もあったことにも気づき、自分を振り返り反省点にも気づくでしょう。必要以上に相手への攻撃をすることもなくなります。

小さな問題を大きな争いにしてはいけません。
寝た子を起こして闘争心を煽るようなやり方は、離婚問題の解決にはなじまないと私は思います。

不倫問題で分かりやすい例があります。

Aさん(20代前半・独身)は、同じ職場のY子さん(20代後半・既婚)と1度だけ肉体関係を持ってしまいました。
会社の飲み会のあと、AさんはY子さんの夫婦の悩みを聞くことになり、お互い酔っていたこともあり、ついそんなことになったのですが、その後二人共そのことを大変後悔していました。特にY子さんは純粋な性格で、夫への後ろめたさから隠し続けることができず、ある夜夫にこのことを打ち明けました。夫は怒り狂い、その日のうちに妻からAさんの連絡先を聞き出し、Aさんは次の日の夕方の約束で呼び出されました。
どう対応していいか分からないAさんは、私のところに『今から会うのですがどうしたらいいですか』と相談に来ました。
私はとりあえず余計な言い訳はせずひたすら謝ることを勧めました。
相談時間は30分にも満たないものだったと思います。
2時間ほどあとになって『許してくれました』という電話がAさんから入りました。
下手な弁解をせず、潔く自分の非を認めて謝罪したことが功を奏した例です。
(もちろん、このような対応がいつもうまくいくはずはありませんが、話し合いで済むことを紛争にしないようにすることが重要なのです。)

Bさん(30代前半・既婚)は、食品の卸会社のデリバリー担当で、十数名のパートさんを指導する立場の仕事でした。パートさんは40〜50代中心でしたが、1人だけ20代の若くてきれいなZ子さん(30代前半・既婚)がいました。
あるときBさんは、ダメ元の軽い気持ちでZ子さんを食事に誘いましたが、Z子さんはそっけなく断りました。プライドを傷つけられたBさんは、Z子さんに対して一切口を聞かず、仕事も与えないような行動に出ました。
困り果てたZ子さんは、Bさんには逆らえないことを悟り、その後のBさんの誘いに応じました。
ところがBさんは、最初のデートでいきなり彼女を車に乗せてホテルに入ったのです。とはいえ、Bさんは決して強引な性格ではなく、いやがる女性と無理やり関係を持つようなことはできませんでした。結局、その日は何もせずにホテルを出て、Z子さんと別れました。
しかし運悪く、妻の行動を不審に思っていたZ子さんの夫が雇った探偵に後をつけられ、その日の行動を調べられていたのです。
翌日に早速Z子さんの夫から『話がしたい』と電話が入りましたが、Bさんは居留守を使うなどして対応しませんでした。
この行動は、Z子さんの夫の怒りを倍増させ、数日後Bさんの元に慰謝料請求の手紙が届きました。
あわてふためいたBさんは、必死の思いで弁護士を探し、相談しました。そして弁護士に依頼して夫に内容証明書を送りました。
その内容は『迷惑を掛けたことは認め、慰謝料を払う用意はある』、『しかし、ホテルには行ったが何もしていないので、この部分については争う』、『今後一切Bさんと直接連絡を取ることを認めない』というものでした。
これを見たZ子さんの夫は怒り狂ったのでしょう、次のような手紙をBさんに送ってきました。
『こちらが話し合いを求めているのに応じず、弁護士の陰に隠れて『争う』とは何事だ!』
『ホテルには行ったが何もしていないという屁理屈で争うというなら、徹底的に争ってやる』
『会社での立場を利用したセクハラ・パワハラも含め、お前個人だけでなく会社の問題にもしてやるから覚悟しておけ!』
結局Bさんも弁護士も観念して、Z子さんの夫に言われるままの慰謝料を払うことになりました。

この2つの例をどうお感じになりますか?

この2つの例はいずれも泥沼のような不倫でもなければ、さほど悪質なものでもありません。
誰の心にでもある寂しさ・不満など、ちょっとした心の隙から犯した過ちであり、反省と謝罪の気持ちさえあれば、その後の人生を変えてしまうような致命傷にしなくてもよいとも言える問題だと思います。
しかし、Bさんは完全に対応を間違えてしまいました。潔く認め謝罪し、けじめをつければ1日で済む問題を、大問題にしてしまいました。
女性の夫が探偵を雇っていたことはBさんも弁護士も後で分かったことだったのですが、弁護士名で内容証明書を送れば相手が引き下がるというような甘い読みもあったのかもしれません。結果的にBさんと弁護士の対応は、火に油を注ぐようなことになってしまったわけです。
この程度で治まったことはBさんにとって不幸中の幸いと言えます。
まかり間違えば慰謝料では済まされず、社会的地位まで失いかねない結果になったかもしれません。

いかがでしょうか?
このような問題は、いずれも当事者同士が話し合って解決すればよいことで、どちらか、あるいは双方が弁護士を立てて争うような問題ではないとお思いになりませんか?当事者が解決に目を背け、逃げるように解決を弁護士の手に委ねることは相手の怒りを何倍にも膨れ上がらせることにもつながります。

夫婦間の問題ならなおさら話せば解決できる問題を、ことさら大きくしてお金と時間とエネルギーを使うことがどれだけ無駄なことかを冷静な気持ちで見直してみましょう。
離婚問題も不倫問題も、そのほとんどが弁護士のかかわるようなことではないと私は思います。

余談ですが、弁護士に依頼した後、依頼者自身が放置されていると感じることは多いようです。
調停や裁判に遅刻したり、前回の調停の内容をほとんど覚えていなかったり、また、それどころか裁判官でさえ、訴状を実際に読んでくれているのか疑わしいような実情もあるようです。
このことは弁護士や裁判官に対する非難ではなく、いかに個人の離婚問題が小さな問題なのかを如実に表していると言わざるをえません。
少なくとも裁判所の運営費用はそのほとんどが税金でまかなわれているわけですから、当事者にとっては一生の大事であっても、裁判所にとってみれば『こんなことは当事者で話し合って片付けろよ』、『他人が判断する問題じゃないよ』というような本音が何かの拍子に垣間見えても不思議ではないと言えるのではないでしょうか。

役割が違う弁護士と行政書士

私は、弁護士の仕事を非難するつもりでこれを書いているのではありません。
我々行政書士と弁護士とは社会的に求められる役割が違うことを理解していただきたいのです。
行政書士の役割として求められるものに『予防法務』というものがあります。
これは端的に言えば、書類を作ることによって後々のトラブルを防ぐという考え方です。言うまでもなく行政書士は、書類作成のプロですから、我々の仕事は自分で書くにしろ、誰かに書いてもらうにしろ、仕事の最終目的を書類作成に置いています。
離婚問題にしろ、不倫問題にしろ、紛争となる火種を大火事にならないようにとどめ、約束事を書類にきちんと残すことで後々のトラブルも防ぐことが我々に与えられた使命です。もちろん、『どうしても相手を許すことができない』と熱くなって私の元を訪れる方もおられますが、そんな『炎』を小さくし、消すことによって冷静に対応していただくことも我々の仕事だと思っています。
もちろん弁護士にも予防法務の考え方を求められることもあるでしょうが、冒頭に述べたような激烈な競争状態では、弁護士も自身の生活のために、相談者から最大の利益をあげようとすることは避けられないでしょう。無料相談をアテにして来られた方に、『ご夫婦で話し合ってください』とアドバイスすれば、それこそ無料で終わってしまいますので、『調停に行きましょう』ということになります。その結果、話し合いで解決できることを調停・裁判に持ち込むことは当然の流れとなります。
今後、調停・裁判が弁護士数の増加に比例して増えることになれば、裁判所の対応は現体制では不可能になるでしょう。
このようなことで、人と人との不必要な憎しみや遺恨を生むようなことはあってはならないと私は思います。

『離婚相談』で専門家と話が噛み合わない場合

なぜ話が噛み合わないのか?

離婚問題で弁護士や行政書士などの専門家に相談したとき、まったく話が噛み合わなかったという経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか?懸命に事情を話してもなぜかそっけなくあしらわれたとか、小馬鹿にされたような気分になったとか、専門家との次元の違いのようなものさえ感じたとかのお話はよく耳にします。

『離婚相談とはこんなものなのか?』
『誰も自分の悩みを分かってくれないのか』…

絶望的な気持ちになった方もたくさんいらっしゃるのでしょう。相談しようとした相手に『あなたは一体何をしに来たのですか?』と言われているような疎外感を覚え、突き放されたような感じを覚えることもあるようです。
なぜそんなことになってしまうのでしょう?
それは、相談をする人が専門家に期待することと、専門家が仕事として相談する人に望むこととの間に大きな落差があるからだと思われます。

たとえば、あなたが弁護士は敷居が高いからと、行政書士を相談相手として考え、インターネットであちこちの事務所を検索したとしましょう。
親切そうで値段も安そうだと思われる事務所があり、ホームページには業務として運送業・建設業等の許可申請、会社設立、相続・遺言等々の多彩な業務の一つとして『離婚』があったとしましょう。
このような行政書士は『相談』としての離婚問題ではなく、最終決着としての書類作成を請け負うということがほとんどであると考えてよいでしょう。
つまり、『夫婦で問題を片付けたあとで来てください』という姿勢でお客さんを待っていることになります。
今現在離婚問題で悩んでいる方は相談する相手を誤ったということになります。

私の事務所の相談で『夫婦で話し合ってすべて問題は片付いたから、書類を作ってほしい』とおっしゃるような案件は、それこそ2年に1度もないくらいです。ほとんどの方は、どう協議を勧めたらよいのか分からない、といった段階で来られます。
離婚は人生の一大事、しかも相手のあることですから、何の問題もなくすんなり話がつくはずもありません。場合によっては、ご自分の離婚の意思さえ決めかねている段階で相談に来られたりするわけです。

先述の、行政書士に相談して話が噛み合わなかったような方が、『やはり行政書士ではダメか』と、弁護士に相談した場合はどうでしょう?弁護士の場合、長々と当事者の心情を聞いてくれるようなことは少ないでしょう。
方向性さえ決まっておらず、いちおう話を聞いてもらった後で自分はどうしたらよいか判断してもらおうという姿勢の相談者に対しては、『結局あなたはどうしたいの?』という言葉が返ってくることが多いようです。
依頼者の意思に沿って動くのが弁護士であり、意思のない人に対する相談は難しいということになるでしょうか。
したがって、弁護士に相談する場合は、一概には言えないとしても、夫婦間で話を進めてやるだけのことはやった後で双方の意見が対立して身動きが取れなくなったような段階、つまり、裁判でしか決着がつかないと思えるような段階で相談するというのが一般的かもしれません。

いかがでしょうか?
あなたの離婚問題がまだ始まったばかりで、夫婦の話し合いもまだ手つかずで、どう進めてよいか分からないとか、ご自分の意思も固まっていない段階でこのような専門家の元を訪れた場合、それこそまったく話が噛み合わないことは十分ありうることです。専門家の姿勢と、相談する側の求めることにこれだけの違いがあれば話が噛み合わないのは当然と言えるでしょう。

相談を受ける側の都合で相談する人を選ぶという困った実情

まだ少し話が分かりにくいかもしれません。
たとえとしてはふさわしくないかもしれませんが、このことを実社会の例で考えてみましょう。
あなたが車を買おうとしているとします。車は安い買い物ではありませんから、事前に十分検討することになりますね。
『何となく買おうとは思っている』・『メーカーだけは決めている』・『予算も大体決まっていて、希望車種も2種類くらいに絞っている』・『車種は決まっていて後はどれだけ値引きできるかだけである』といった、いろんな段階でディーラーを訪れることになります。
ディーラーの社員にとって最もありがたいお客さんは、すでに買う車種まで決まっている方でしょう。しかし、少なくとも迷っているお客さんに対しては、自社の製品を懸命に売り込むはずです。企業間競争の厳しい社会では、お客さんが求めるニーズに合わせてサービスや商品を提供することは、その企業の生命線ですので、お客さんが求めることにどれだけ対応できるかで企業の優劣が決まります。自らが仕事の範囲を決め、自分の気に入ったお客さんだけを選ぶようなことはありません。『買うと決めてから来てください』というような対応の仕方はありえませんね。
しかし、先述の行政書士は、お客さんに対してある意味そんな門前払いのような対応をしたことになります。
『士』と名の付く職業の人にとってもこんな『殿様商売』のような高飛車な態度は通用するはずもないのに、なぜかそんな姿勢がまかり通っていることになります。
なぜなのでしょうか?
おそらく、弁護士は実社会の経験がないことが多いでしょうし、また、公務員から転身したような行政書士にも同じことが言えるのかもしれません。また、法律家と名の付く人は、基本的にはひとつひとつの案件に必要以上に感情移入をしてしまうと冷静な法律判断ができないとの信念があり、いわゆる『深入りしない』ことを常に念頭において人と接するため、そっけなく見えることも多々あります。

ただ、1か所や2カ所でご自分の意にそぐわなかったからといって、『どこに行っても同じだろう』と判断しないでほしいものです。
それぞれの『士』にそれぞれのやり方があるのです。

『当たり外れ』は必ずある

これからの話は、裁判までは望まず、協議による離婚を目指す方に対して、行政書士の選び方の参考になればと思います。

離婚専門の行政書士と、先述のような『何でもござれ』の行政書士との大きな違いは、『相談』をどれだけお受けできるかによります。

言うまでもなく、行政書士の仕事は書類作成です。
一方、離婚問題を書類作成段階まで誰の手も借りることなく夫婦だけで決めることができる方はごく一部でしょう。
ふつう、人は分からないことが一つの場合は、ある程度冷静に解決方法を探ることができますが、分からないことが二つ以上になると、何もかも分からなくなってしまい、混乱状態に陥ってしまうことが多いものです。結局、適切な相談相手を探し出すことができず、どうしたらよいか分からないまま、はっきりした決め事もできず離婚届を書いてしまったということにもなりかねません。
書類を必要とする方に対して、最終的に作成できるよう導くことこそが書類作成を業とする行政書士の真の社会的役割ではないかと私は思います。

『どうしたらいいのか分からない』人は単に優柔不断であるとか、自分の意思で何も決められない人ではなく、どう判断したらよいかの基準を求めているとも言えます。このような状態に陥った方は、その配偶者に対してだけではなく、ご自分の家族を含めた相手家族、親族・友人・勤務先等の人間関係などの本人を取り巻く人間関係に対して世間的な一般常識としてどう対処したらよいかの順序や具体的な手段・優先順位などが分からないといった社会的な問題に押しつぶされそうな心境に陥っていることが多いものです。

『相手の親にはどのように言ったらよいでしょうか?』
『双方の親を交えて協議すべきでしょうか?』
『会社にはいつの時点で報告すべきでしょうか?』等々、

『誰にも相談できない』事情があるからこそ、このような悩みの相談をされる方がいらっしゃるわけです。
これらの複雑な悩みに対して相談を受けた側が的確に助言できるかどうかは、専門家としてのキャリアが必要ですし、また、それなりの責任をともなうことです。法律論ばかりを振りかざすだけの専門家は、一方でドロドロとした人間関係のいざこざには一切踏み入れることなく、避けて通る傾向があります。そんな専門家と相談をする方との信頼関係が築けるかと言えば、必ずしもそうではないことはご理解いただけると思います。

離婚に直面された方は、このような数多い複雑な悩みという重荷をひとつひとつ取り除くことなくしてなかなか前に進めるものではありません。そしてそんな悩みをどれだけ取り除けるかが、本当の意味での『離婚相談』と私は思っています。

よく『相談無料』を売りにしている事務所があります。
それが最終的な書類作成だけを引き受け、『問題解決してから来てください』というような専門家なら、単に書類作成という事務的作業のための細部の相談に過ぎないことになります。
当たり外れは必ずあることは念頭において、相談をしてからでなければ分からない面はあるにせよ、決して事務所のホームページの料金表だけで相談相手を決めてはいけないことはお分かりいただけましたか。

信頼できる離婚専門家選びの具体的な基準とは?

ここまでの話はまだまだ抽象的であるかもしれません。
離婚のさまざまの悩みを抱えて、『離婚相談』をしようとしている方にとって、現在相談している専門家、あるいはこれから相談しようと思っている専門家が、信頼するに足る人物なのかどうかを判断する具体的な基準を私なりに述べてみたいと思います。

まず、『真摯に話を聞いてくれること』、これは基本中の基本です。
どんな内容でも、また、どれだけ長時間になっても、いとわずに話を聞いてくれることです。
『そんな話は必要ありません』とか『もう少し簡略に話してください』というように話を遮られてしまう場合は、悩みに対する的確な助言をもらえることは困難でしょう。相談する人の話を細大漏らさず聞かなければ的確な助言は難しいのは当然のことです。
『こんなことを聞くのは恥ずかしい』と思い込んで、ご自分で相談内容の範囲をせばめる必要はありません。誰にも相談できないことを相談するのですから、どんな些細な悩みでもぶつけてみてください。そして、相談相手の助言があなたの心の悩みをどれだけ取り除けるかで、専門家の力量を測ってください。

次に『なるべく早い時期に相談すること』を勧めるかどうかが基準になるでしょう。
このことは、書類を作成することのみを業務としている専門家が『すべて解決してから来てください』と言うのとは正反対のことになります。
信頼できる専門家は、相談に来られる人ができるだけ有利に解決を進められることを考えています。誰にも相談せず自分一人で解決しようとしたが、結局行き詰って相談に訪れたような場合、そのまずい進め方が原因で有利な問題解決を困難にしてしまうことがあります。
しかし、書類作成のみを業務としているような専門家にとっては、相談する本人に有利か不利かはさほど重要ではなく、書類を間違いなく書くことだけが仕事の目的であるのです。
『決してひとりで悩まないでください』という優しげなホームページのキャッチコピーは、それこそ口先だけかもしれません。

あと、協議を進める段階で次々に発生する悩みを『継続的に、タイムリーに相談できること』、『決して対立を煽るようなことなく穏便な姿勢を基本とすること』、『普段の生活に関する心構えや今後の生活に至るまで細かい心配りがあること』なども重要でしょう。

そして、もし相談した専門家との信頼関係が築けそうにない場合は、決して諦めることなく、なるべく早い段階で見切りをつけて他の専門家を探すことです。

財産分与で妻に襲いかかった悲劇

意外な結婚には理由が、…

A夫さんは33歳の地方公務員、同じ職場の後輩で28歳のC子さんは、モデルのような美人で、2人は数年間交際を続けていました。両親からも度々、そろそろ結婚したらどうかと勧められていたA夫さんでしたが、ある日突然若くて美人のC子さんとは別れ、別の部署の同僚で2歳年上の35歳のB子さんと交際を始め、あっという間にゴールインしたのです。

B子さんはC子さんと比べれば見た目も地味で家庭的、堅実で真面目な大人しい性格の人でした。この二人の結婚は周囲の人にとっても意外なことでした。A夫さんが美人のC子さんと結婚するものとみんな思っていたのです。しかし、A夫さんは、恋愛の相手と結婚の相手を分けて考え、結婚相手には落ち着きがあって家庭的なB子さんを選んだのだと思いました。

B子さんは、A夫さんが若くて美人のC子さんではなく自分を結婚相手に選んでくれたことに感激しました。だからB子さんは仕事を続けながら妻として一切の家事を一生懸命にこなしました。
B子さんとA夫さんはほぼ同額の年収でした。そして、結婚3カ月後に、B子さんの結婚前の預金500万円とA夫さんの両親が出してくれた500万円、合計1千万円の頭金で5千万円の一戸建てを購入したのです。新婚夫婦二人だけには広すぎるほどの立派な家でした。
4千万円のローンの支払いはA夫さん、夫婦の食費等の生活費はB子さんが負担しました。ただ、A夫さんは、広い家にふさわしい家具などをどんどん揃えようとするので、世間の平均よりははるかに高い2人の収入でも、家計は楽ではなく、とても預金ができるような状況ではありませんでした。

二人の間には子どもができず約3年が経ちました。
夫婦というもの、新婚当初のような気持ちを変わらずに持続できるわけではありません。
A夫さんには結婚前からずっと広い家に住みたいという夢がありました。
彼が結婚相手にC子さんよりB子さんを選んだのは、自分の夢を実現するためにC子さんよりB子さんのほうがお金を持っていたからという理由も実はあったのです。家がほしいという願いが叶えられたA夫さんは、結婚後の変化のない生活に物足りない思いを抱くようになります。そしていったんは別れたC子さんとの交際を始めるようになります。

人間の欲望は限りなく、そして勝手なもので、A夫さんは、今の広い家で若くてきれいなC子さんと二人で住めたらどんなに幸せだろうと考えるようになるのです。そんなことになっているとも知らず、B子さんは懸命に仕事に家事に没頭していました。
何しろローン以外のほとんどの生活費を負担しなければならなかったわけですから、多少派手目で一般人より多めの生活費を確保していくためには、自分が懸命に働かざるを得なかったのです。
結果的には夫婦の会話も少なめで、夫に構うことも少なくなっていたこともあり、その間夫婦の関係は次第に冷めたものになっていきました。

夫の突然の離婚宣告

そんなある日、A夫さんはB子さんに突然『離婚しよう』と持ちかけます。
確かに新婚当時のような新鮮さは夫婦にはなくなっていたでしょうが、まさか夫が離婚まで考えているとはB子さんは夢にも思っていませんでした。突然の夫の申し出に愕然とし、その理由を夫に問い詰めます。

まさか『他の女ができた』とは言えないA夫さんは、『お前に愛情を感じなくなった』、『夫婦の会話がなくなった』、『食事も雑になった』、『家に帰っても安らげない』等々、勝手な理由を並べたてます。

『なぜ??』、『そんなことは今までちっともあなたは言わなかったのに…』、『いきなり離婚と言われて納得できるはずがないじゃない』、『私に悪いところがあるなら直します』…
と、いくら言っても、いったん思い切って『離婚』を口にしたA夫さんは、よけいかたくなになっていきます。

結局その後すぐにA夫さんは家を飛び出し、実家に帰ってしまいます。
その後もB子さんは夫に話し合いを何度も提案しますが、A夫さんはそれに応じようとしません。
さらに、あろうことかA夫さんの母親からも『息子を追い出すなんて、あなたはなんてひどい嫁なの』と罵られるようなことになるのです。

すっかり落胆し、何をどうしたらよいか分からず途方に暮れていたB子さんに、1カ月後に届いたのは、家庭裁判所からの離婚調停の呼び出し状でした。

調停にはまさかの夫の弁護士が、…

普通の人は裁判所から呼び出しが来ただけで『自分が訴えられている』、『私が何か悪いことをしたのだろうか?』と、責められている気持になってしまいます。
それでなくても途方に暮れていたB子さんにはさらにショックが待っていました。
しぶしぶ出かけた調停で、何と夫には弁護士が付いていたのです。自分は何とか夫の気持ちを取り戻したいとしか考えず、茫然としていただけの1ヵ月の間に、夫のA夫さんは離婚を実現するために万全の準備をして、しかも弁護士という強大な敵まで味方につけていたのです。

『これでは敵うわけがない』、

『私はまるで被告人だ』、

そして、B子さんを待っていたのは、調停委員のこの第一声でした。

『お相手の離婚意思は固いですよ』

そして、夫の離婚したい理由を調停委員から聞くことになります。

『あなたは、最近家事もおざなりになっていたようですね』

『ご主人は、まるで家庭内別居のようで自分の居場所がなかったと言ってますよ』

『夫婦生活もずっとあなたが拒否していたそうですね』

『ご主人の帰りが遅くなったら、あなたはいつも先に寝ていたそうですね』

と、いろんなことで責められます。調停委員は冷静に淡々と夫の言い分を話します。
おそらく、もう一方の夫との話のときは、この何倍もの言葉を尽くして弁護士と夫が二人がかりで自分を罵倒しているに違いない、とどうしても考えてしまいます。

『これではまるで私だけが悪者ではないか』

『調停委員も完全に夫の味方になっている』

『確かに私は専業主婦のように夫の世話はできなかった』

『しかし、それはフルタイムで働いていたからで、そんなことは夫も分かっていたはずだ』

『それに夫は、これまで一切そんな不満は言わなかった』

『こんなことは、どれも共働きの夫婦にはどこにでもある話じゃないのか』

それまでの自分の頑張りをすべて否定されてしまった気持になったB子さんは、途方にくれながらも勇気を振り絞って反論します。

『それでも私はどうしても納得がいかないんです』

『なぜ、こんな理由で離婚されなければならないのですか?』

実はこの反論がさらに裏目に出てしまうことがあります。調停委員は、妻が夫の言い分を認めた、と思ってしまうこともあるのです。
確かに妻のこれまでの夫に対する姿勢は悪かったが、それでもそれだけの理由では離婚できないと主張している、と。

調停委員は、

『あなたはまだ若いし、まだこれからやり直せる』

『それに、幸いにも子供さんがいるわけではない』

と、まるで離婚を奨励するような口調でB子さんに、

『この場ですぐに結論を出すのは無理でしょうから、次回までによく考えてきてください』

ということで初回の調停を終わります。

理不尽な夫の主張

調停を終えてB子さんは真剣に離婚について向きあいました。
弁護士まで付けて自分に対し敵意をむき出しにした夫に対して、初めて嫌悪感を覚えました。
それまでは何とか夫に思い直してほしい、と一縷の望みを持っていましたが、完全に夫の気持ちは冷めていて、もはや自分にも夫とやり直したいという希望はいつしか失せてしまっていました。
このままではとても敵わない、相手の言いなりになってしまうと思い、自分も弁護士を雇おうと思って調べてみます。しかし、着手金だけでも数十万円というとんでもない金額に尻込みしてしまいます。
後で分かったことですが、夫は自分の弁護士費用を母親に出してもらっていたのでした。

夫は、『性格の不一致だから慰謝料はない』と主張しています。
そして、財産はすべて家に注ぎ込んでいて、自分には親に対して家の頭金を負担してもらった500万円の借金がある、と言います。
唯一の財産である家は、現在の見積が2800万円、ローンの残りが3800万円だから、それも1000万円の借金になる、という主張です。
しかし、それでは申し訳ないから、お金はないが何とか解決金を100万円払うからそれで離婚を承知してくれということでした。

B子さんはあまりにも納得できませんでした。
もちろんA夫さんに不貞行為の事実があることなど露ほども疑っていないB子さんにとって、『性格の不一致では慰謝料は発生しない』ことは分かりましたし、マイナス財産だから分けてもらえる財産がないことも分かりました。
しかし、せめて自分が出した頭金の500万円を返してほしいと思いました。
離婚はしかたないが、せめて自分の要求は聞いてもらおう、とB子さんは決意して1カ月後の第2回目の調停に臨みました。

すると、A夫さん側は、意外なことに300万円の解決金を払うことを提案してきたのです。
『結婚期間がわずか3年程度で、借金だらけなのに、これだけの解決金は破格だ』というわけです。

B子さんは、この1ヵ月の間に離婚は避けられないと思っていました。
しかし、A夫さんは、B子さんがおそらく離婚を拒否するだろうと思っていたのです。
解決金の増額は、とりあえず、離婚の合意だけは先に勝ち取ろうというA夫さんの作戦でした。
『お相手がこれだけ誠意を見せているのだから』という調停委員の言葉もあり、B子さんは離婚を了承しました。

なんと夫は『マイナス財産を折半してくれ』と、…

そして、次に頭金の500万円を返してほしいと言おうとしたところ、調停委員から予想もしない言葉をもらうことになったのです。

『お相手は、家を売却しようと思っています』

『あなたがいくら頭金を負担したとしても、現在のお家の財産価値はマイナス1千万円だから、折半だとおっしゃっています』

『離婚の財産分与は、法律的にはそれまでの財産を清算することです』

『離婚の理由が何であろうが、財産分与は折半でなければならないのが法律なんですよ』

B子さんは愕然とします。
しかし、『これが法律なんですよ』と言われてしまえば、それに対抗する言葉がありません。

『よく考えてください、お相手は、あなたがもし1円も払わなければ、解決金の300万円、家の売却損の1000万円、親への借金の500万円の合計1800万円の借金を抱えてしまうことになるのです』

『お相手もこの離婚の原因はすべてあなたが悪いと言っているのではなく、ご自分の非も認めておられるのです』

『離婚の原因が5分5分だとしても、お相手だけに莫大な借金が残るのは不公平ではないですか?あなたは、家のマイナス財産の500万円を負担しても、お相手からは300万円もらえるのですから、200万円の負担で済むのです』

直前に離婚に合意したB子さんは、『だったら離婚しません』とは言えませんでした。
『離婚とはこんなものなのだ』と思いこむしかB子さんにはありませんでした。
B子さんは、泣く泣くこの条件を飲んでA夫さんと調停離婚したのでした。

離婚は夫の策略だった

わずか3年ほどでしたがそれなりに愛着のあった家を出て、B子さんはそれほど遠くない場所にマンションを借りて、独身生活に戻りました。離婚の際にA夫さんに払った200万円、引っ越し代や新しいマンションの敷金など、つごう300万円ほどかかったお金は、80歳を超えたB子さんの母親から借りなければなりませんでした。
B子さんは、すでに39歳を迎えようとしていました。離婚については色々と悔しい思いをして、思い出せば辛くなることも何度かありましたが、新しい人生の再スタートだと気持ちを切り替えるしかありませんでした。
A夫さんとは部署は違いますが、職場でときどき顔を合わすこともありました。しかし、離婚して他人同士に戻ったA夫さんとは、ほとんど話すこともありませんでした。

ただひとつ気になっていたのは、A夫さんが離婚後にそれまでの夫婦の家に戻り、売ると言っていた家を売らずにそのまま住み続けていたことでした。『約束が違う』とB子さんは思いましたが、A夫さんがそのまま住んでいるのは、『売れない』という理由のようでした。

ところが、なんとしばらくしてA夫さんはC子さんと結婚することになったのです。
しかも新居はA夫さんとB子さんが住んでいたあの家だったのです。

実はこれはA夫さんの予定通りの行動で、A夫さんは家を売却するつもりなどさらさらなく、B子さんとの結婚生活での不倫相手だったB子さんより若くて美人のC子さんと再婚することにまんまと成功したのです。

何ともむごい話ですが、B子さんには今さらどうすることもできません。
離婚が決まった調停調書には家を必ず売却するというような約束もなく、B子さんがもらった解決金の300万円も負担した500万円のマイナス財産の清算も、すべてが二人の合意の上でのことなのですから文句のつけようがありません。
『盗人に追い銭』という言葉がありますが、まさにB子さんは、結果的には500万円の頭金に200万円の『お祝金』までつけて、A夫さんとC子さんの新しい結婚生活のお膳立てをしたことになったのです。

悲劇を防ぐ手立てはなかったか?

このような理不尽で腹立たしい結果になることを何とか防ぐ手立てはなかったのでしょうか?
まるで詐欺のような話ですが、『後の祭り』にならないためにはいくつかのポイントがあります。

まずは不動産の名義です。
頭金の半分を負担し、ローン以外の生活費のほとんどを負担したB子さんは、最初にこの家の名義をA夫さんとの1/2ずつの共同名義にしておくべきでした。
このようにすることには抵抗がある場合もあります。
夫が一家の代表であり、夫がローンを払うのだから、夫の単独名義で当然だとか、離婚のときに備えて半々の名義にするのは縁起でもない、と思うこともあるでしょう。
『夫を信じていません』と見られるようで体裁が悪いということもあるかもしれません。
何となく日本の慣習にはなじまない気もするかもしれません。
しかし、必ずそうしておいたほうが将来起こりうるトラブルに対して有効なことが多いと言えます。
今後の長い人生で、夫の死んだ時の相続財産が過大にならないためにも有効な手段になります。

B子さんの場合、離婚の際に夫が一方的な意思で『売るつもり』と言ったことに何の抵抗もできなかったのは、A夫さんの名義だったことが大きく影響しています。
最初から1/2ずつの名義にしておけば、離婚後に必ず名義をA夫さんの単独名義にしなければならないというような問題もネックになりますし、共同名義の場合には片方の名義人が反対すれば、法律上売却は不可能になります。
A夫さんには決して家を絶対に売らなければならない事情があったわけではなく、あくまで離婚条件としての自分の負担を減らすための手段として『売るつもり』と言ってきたことをB子さんは見抜けなかったのです。

しかし、たとえば裁判になって財産分与の話になって、裁判官が『この家を売却しなさい』とか『売却したと仮定してマイナス分を折半しなさい』という判決を出すでしょうか?
現実には、購入した家などでローンが残っている場合、今後たとえば夫が住み続け、妻は何もその家の恩恵を受けることがないのに、なぜ現時点のマイナス部分だけを補填しなければならないのかとか、将来飛躍的に家の価値が上がるということもないわけではない、などの不確定要素もあります。
ですから、裁判所はあくまで数字的な試算を示すことによって双方の和解を促進するための指標を示すにとどまるのがほとんどではないかと考えられます。

しかし、相手からどのような主張があろうが、調停委員から何を言われようが、弁護士という強力な味方をつけてきた相手に対し、裸同然で戦ったB子さんはあくまで自分の身を守るために抵抗すればよかったのだと思います。

『たとえあなたの名義でも離婚となれば家は共有財産のはずです』

『なぜ、あなた一人の勝手な意思で売ると決められるのですか?』

『私にもいつ売るかを決める権利があるはずです』

『1千万円もマイナスが出る今は、売り時ではないのですから、これからでも名義を半々にして人に貸したらどうですか?』

『今後のローンの支払は折半にして、賃料も折半にしましょう』

『今後売却するとしたら、その時は私から名義を買い上げてください』

これくらいの知恵を出して提案すれば、1日でも早く離婚したくてたまらないA夫さんは困り果てて、頭金の500万円全額とはいかなくても400万円くらいは返してくれたかもしれません。

そもそも妻の負担した頭金は、妻の特有財産だった

次にそもそもB子さんが負担した家の頭金の500万円の性質の問題です。
これは、もともとB子さんが結婚後に貯めたお金ではなく、結婚前から持っていたお金なのですから、法律的にもB子さんの特有財産です。ですから、財産分与の対象にはならないのです。マイナス財産といっしょくたにされることなく、家の財産価値が7割に目減りしたとしても350万円の請求くらいはできるのが道理で、これを主張できる知識自体がB子さんになかったのは彼女の失策でもあり、A夫さんと弁護士は、B子さんがこのことを最後まで主張しなかったことに対して、ほくそ笑んだことでしょう。
弁護士にとって、わずか2回の調停で決着したこの案件は、それこそ赤子の手をひねるような簡単な仕事であったに違いありません。

この他にもB子さんの調停の対処の仕方にはまずい点がたくさんありました。
相手が万全を期して計画的に離婚の準備をしているときにそれを察知できなかったこと、弁護士が出てきたことによって気持ちが負けてしまったこと、相手の言い分によって自分は離婚させられてしまうことになると思いこんでしまったこと、家の現在価値が相手の言う暴落した価格であることを簡単に信じてしまったこと、等々たくさんあるでしょう。

B子さんは、裁判所でのことだからとか相手が弁護士だからという理由で、法律という見えない圧力に屈してしまったのです。
しかし、法律は法律家のためにあるのではなく、国民のためにあるものです。
どう考えてもおかしい、そんな理不尽が許されるはずがない、と思えるような事柄には、必ず法律が自分に味方してくれるものがあるはずです。
自分の身を守るために、法律をどう使っていくかを必死で考えることは、国民全員に平等に与えられる権利のはずなのです。

このように絵に描いたような詐欺同然の悲惨な目にあう例は少ないにしても、これに近いような例はたくさんあるのだと思われます。
これを読んだ方はどのようにお感じになられるでしょうか?

ある若い夫婦の離婚危機

義母や義姉とソリが合わない妻が、…

Aさんは30歳、ごく普通のサラリーマン、温厚で人当たりがよく、決して争いを好みません。
特に裕福でも貧乏でもない普通の家庭に育ち、父親はすでに数年前に他界しています。
母親は実家で一人暮らし。Aさんは母親とは車で1時間くらいの距離のところに住んでいます。
Aさんには、2歳上の姉がひとり、すでに嫁いで母親とは歩いて行けるような距離に住んでいます。

Aさんは2歳年下のB子さんと2年前に結婚しました。子供はまだいません。
B子さんは真面目な努力家で純粋な性格。頑固で正義感と自己主張の強い性格の彼女は、自分にも他人にも厳しく、いわゆる周りの人間と適当に合わせていくようなタイプではないようです。
そんな性格ゆえにB子さんは、自分と違った考えの人とは相容れないことが多く、人一倍ストレスの貯まりやすい性格でした。
B子さんにとってAさんは、日頃の自分の不満を受け止めてくれる頼りがいのある存在だったのです。

そんな二人の離婚問題は、普通の人からすれば些細なことでした。

B子さんは、結婚後すぐに、Aさんの母との考え方の違いに違和感を覚えるようになります。
『お義母さんのこんな考えは間違っているから伝えてほしい』
と、自分の気持ちをいつもAさんにぶつけるようになります。Aさんは、些細なことについては『わかったよ、伝えておくよ』と対応し、それとなく母に伝えてはいました。
A子さんの姉は、生まれたての赤ちゃんがいて、母親の家に近いこともあって事あるごとに母親に赤ちゃんを預けていました。
母思いのAさんは、実家が近いこともあり、休みの日にはB子さんとよく実家に帰っていたので、B子さんが母や姉と接する機会も増えました。
すると、今度はB子さんの不満の気持ちがAさんの姉にも向かうことになります。
母親に子供を任せることの多い姉のことを
『お義姉さんは甘ったれていて許せない』
と言い、それを許している母親に対しても
『性格を改めてほしい』、
『あなたから二人に伝えてほしい』
と、夫のAさんに度々迫ります。

それまでは、Aさんにとっては何より妻の笑顔が支えでもあり、ストレスを貯めやすい妻が自分の存在によって明るく立ち直ってくれるのが喜びでもありました。だからこそ妻の機嫌を損ねないよう、多少の無理も笑って答えていました。妻の頼みを断ることで妻が不機嫌になったり、夫婦の会話がなくなったりすることはAさんにとってとても嫌なことでした。『頼みを聞いてくれないならご飯を作りません』などと思いもよらぬしっぺ返しを食らうこともあったからです。
しかしB子さん自身は、自分が無理な要求をしているという意識は全くありませんでした。夫が受け入れてくれていたのは、自分の意見に同意してくれているものとばかり思っていたのです。

しかし、次第にエスカレートする妻の要求にはだんだんと応えられなくなってきていました。
当然、母や姉にもそれぞれの信念・人生観といったものがあり、いくら自分の考えとは違うからといって、あとから来た嫁に『あなたは間違っている、私のほうが正しい』と押しつけられ、考えや行動を変えさせられるような要求をおいそれと受け入れるわけにはいきません。まして、夫婦は、母・姉と同居しているわけでもありませんし、B子さんにとってはかなり年上で結婚生活やB子さんの経験していない出産・育児の先輩である義姉であり、B子さんの2倍以上も人生経験のある義母であるのです。

B子さんは、『これまでは夫は何でも自分の言うことを聞いてくれていたのに冷たくなった』と感じ、『思いやりがなくなった』と思うようになります。一向に義母や義姉の態度や行動が『改善しない』ことにB子さんは業を煮やし、『いくら私が言っても分からないのなら離婚しかないね』とAさんに迫ったのです。『離婚』の2文字を出すことで、夫に自分を取るのか母や姉を取るのかを迫った形になります。
しかしいくらなんでも『性格を改めろ』という強引な要求を母や姉にそのまま伝えることはできません。振り上げた拳を下ろすことができないB子さんも、自分の主張をひっこめることができず、夫婦の関係は次第にぎくしゃくしたものになっていきます。
そのうちに夫婦がおかしくなったことは母親の知るところとなり、母親から『そんな分からず屋ならもう無理だね』と言われたAさんも、だんだん妻に対する気持ちは諦めに変わっていき、『離婚しかないか』の心境になっていました。

本音でぶつかり合ってこそ家族

私はこの話を聞いたとき、『なんともったいない話なんだろう』と思いました。
些細な考え方の違いによる対立はどこにでもあるものです。
しかし、この問題の発端は本人同士のことではなく、第三者の話なのです。そんなことで離婚の結論など、これほどくやしいことはないではありませんか。
この対立は夫婦が最初にぶつかった大きな意見の食い違いでもありました。こんなことで離婚などという結論はあまりにももったいない話ではありませんか。

この問題、私はむしろ妻よりAさんのこれまでの対応に問題があるのでは思いました。
彼が妻の考えや性格を知った上で、妻の要求は多少おかしいと感じつつ、引き受けてきたのは、どちらかと言えば妻のことを思っての行動ではなく、自分のためではなかったか?
妻の顔色をうかがい、不本意であっても自分の考えを表に出すことなく妻の言うことを聞いていたのは、単に妻の不機嫌な顔を見たくないという自分の気持ちだけを考えたものではなかったのか?とも思えることでした。
何も言わずに引き受けてくれる夫を見て、妻は、むしろ自分の考えは正しい、自分は間違っていない、夫も私に同意してくれている、と、どんどん確信を持って行ったのではないでしょうか?

それでなくとも一途な性格のためになかなか他人と信頼関係を築くことができない妻にとって、夫は数少ない自分の理解者であり、心強い味方だったのです。
ところがあるとき夫は自分の要求を『できない』と断ってしまった。
『絶対に自分の味方だと思っていた人が、肉親の事となるとやはり最後にはそちらについてしまうのか』
妻は、夫のそんな態度に、最も信頼していた人に裏切られたと感じ、失望していったのです。

Aさんのやり方はどこがいけなかったのでしょう?
普通の友人同士なら、このような関係でよかったのかもしれません。
しかし、夫婦であるからには、本音のぶつかり合いも必要になるのだと私は思います。
理屈抜きの生の感情を遠慮なくぶつけるのも家族ならではのことです。
生の感情をそのままぶつけていた妻に対し、Aさんには、『相手の要求を受け入れてあげることが優しさだ』という思い違いもあったのでしょう。
家族として長年生活していくには、何でも相手の言うことを聞けるような甘い関係ではいられなくなります。これまで妻の言うことに異を唱えず従ってきたからこそ、Aさんは、妻の極端な要求に対して『お前の考えは間違っている』とは言えない状況になっていたのですね。
急に妻の考えを否定するようなことは、妻のプライドを大きく傷つけることだから、夫婦でありながら本音を隠し、表面上の『優しい夫』を演じてきたわけです。

争いを好まないというのは悪いことではありませんが、気まずくなるから言いたいことも言わないという姿勢では、それこそ我慢をした上での大爆発になって取り返しのつかないことになります。
Aさんは、もっと早い段階で『俺はこう思う』、『お前の考えのこんなところがおかしいと思う』と、自分の意見を妻にぶつけておくべきでした。
Aさん夫婦はこれまで大きなケンカも対立もなかったのに、いきなり離婚の危機を迎えてしまったのです。

夫はこの危機をどう乗り切ったか

妻に離婚まで迫られ、困り果てたAさんは腹を決めました。
『どうせ離婚になるのなら、はっきりと言いたいことを言おう』
『ケンカになってもかまわない』
『それで離婚となるのなら仕方がない』
と考えるようになりました。

Aさんは、これまでのように妻の気持ちを気遣いながらではなく、思い切り自分の主張を妻にぶつけました。
『これまで私はお前のすべてを受け入れるスタンスを取ってきた』
『しかし、そのことがかえってお前と母親や姉の関係をこじらせる結果になった。だからもう私はお前の理解者のふりはしない』
としたうえで、
『他人のことをどう思おうが自由だが、それを行動で表してよいわけではない』
『自分を尊重してほしいなら、他人を尊重する気持ちを持つべきだ』
『私は自分の母も姉も大事だし、お前も大事だ。どちらを取るかというような天秤にかけるわけにはいかない』
『このことは、どちらの言うことが正しいかという問題ではない』

これらのAさんの言葉は、妻にとっては『豹変』と言えるほどの変わりようでした。
これに対し妻は、
『私は悪くない』、
『あなたは変わった。これまでは、「そうやな、かわいそうにな、ごめんな」と言ってくれていた』
と、Aさんと妻との会話は、まったく次元の違う噛み合わない話になってしまいます。

そして、『このままではお互い精神的にしんどいから』と別居の提案をしてきます。
『私は実家が遠いからあなたが出て行って』、
『あなたがお母さんと住めばいいじゃない』などと言ってきます。

これにはさすがに穏やかな性格の彼もキレてしまいます。
『あほか、俺に出て行けとは、お前は何様のつもりや!いい加減にしろ!』

これまでに見たこともない夫の怒りに触れ、初めて妻は夫の真剣さに気がつくことになるのです。
それまでは多少の諍いがあっても、自分を曲げて許してくれていた優しい夫が今回は違う、私の言い分はこれまでのようには通用しないのだ、と痛感することになったのです。

結局二人はこのようなぶつかり合いを何度か繰り返した末に、
お互いが不完全な人間であることを認め合い、夫は妻に対して、他人の信念や行動にまで口出しして円滑な人間関係を望めるはずがないこと、他人の気持ちは尊重すべきことを納得してもらう形になったのだそうです。

しかし、当然Aさんはこれで一件落着と思っているわけではありません。
妻が本当の意味で自分の言うことに納得したかを確信できているわけでもありません。夫のあまりの剣幕に今回だけは引き下がったのかもしれません。おそらく、また何度か同じような問題が起きるのだろうと思っています。
B子さんは、自分の考えは相変わらず間違っていないと思っているでしょう。
しかし、その考えに基づいた自分の行動を必ずしも正しいとは思っていないことには少しは気がついたのだとは思われます。
元々彼女は『正しいか間違っているか』に対して潔癖な人なのですから、論理の矛盾を指摘するよりは、妥協の必要性を説き、それが相手を尊重することなのだ、という方向に導いてあげて行ってほしいものだと思います。

夫婦の間に起きる問題は子育てに似ていると思います。
子供を育てるには、『何回同じことを言わせるのだ』と嘆きたくなるくらい、繰り返し繰り返しの地道な作業が必要です。一度や二度言って聞かせて分かるはずもないほど、限りない欲望が次から次へと湧き出てくるのが子供というものです。
親と子供との関係は、夫婦のように『嫌なら別れたらいいじゃない』では済みませんから、それこそ真剣に子供が納得するまで分からせる気の長い作業が必要になります。
夫婦の場合は、別の意味でそれぞれがそれまでに築いてきた信念や意地がありますから、これもお互い分かり合い、尊重し合えるまでになるには、長い時間が必要になります。

妻に対し、うわべだけを繕ってごまかしのような対応をしてきたことに気づいたことはAさんにとって良い教訓になりました。
『ぶつかり合い』は避けるべきことでもなければ見苦しいことでもありません。家族であり続けるためには当然の必要な作業なのです。
何度もぶつかりあいを重ねていくことにこそ家族としての醍醐味があるわけで、他人同士ならそんなわけにはいかないのです。

かくしてAさんは離婚の危機を一旦は乗り越え、これからまた山あり谷ありの多難な夫婦生活を再スタートすることになりました。
生まれも育った環境も違い、男と女という意味では感性も人生観も違うのは夫婦にとって当たり前のこと。
これからも、もっともっとぶつかり合い、お互いの理解を深めるべく、本音の会話を積み重ねて行ってほしいものです。


結婚期間の短い若い夫婦で『夫が豹変した』というようなケースをよく耳にします。
浮気を疑いがちですが、必ずしもそうではないことも多いものです。この夫婦の場合は、双方共に人間関係を築くことに不器用なところがあったのでしょう。どちらか一方、あるいは双方が、何らかの理由で言いたいことを言えず、少しずつ不満を貯めた結果、ある日突然にその不満が爆発してしまうようなことは、意外と多いものです。

しかし、実際にはこのような些細なことがきっかけで関係がこじれてしまい、意地の張り合いで夫婦であることを続けられなくなるのは残念なことです。些細な意見の食い違いで、単に『間が悪かった』とか『対応がまずかった』程度のことが原因となって離婚の結論になるのは不幸と言うしかありません。

親子や兄弟なら理屈抜きのわがままをぶつけ合うことができるのは、親子・兄弟が切っても切れない血縁で結ばれているからでしょうか?
だとすれば、夫婦の場合も思い切り本音をぶつけあうことで、本当の切っても切れない仲になれるのではないかと思います。

必ず知っておきたいお互いの収入・財産

夫婦別産制について

日本の民法では、夫婦の財産については夫婦別産制が基本理念となっています。
夫婦の一方が婚姻前から持っている財産や、婚姻中に自分の名義で得た財産は、その人の特有財産だということです。
『だったら俺の給料は俺のものだろ?』という声が聞こえてきそうですが、そうではありません。
この場合の自分の名義で得た財産というのは、親から相続した財産や、慰謝料などその人自身に帰属して他人に譲ることができないものということです。
『結婚したからといって配偶者の持っていた財産まで自分の自由にしてよいわけではない』と考えたら分かりやすいでしょう。

したがって、婚姻中に夫が働いて得た収入は、全て夫のものということではありません。
子供をもうける場合、妻は、少なくとも一定期間は出産・育児のためにそれまで続けていた仕事を中断せざるを得ないことになりますし、専業主婦の場合は、夫や子供の世話を中心とした家事労働が仕事です。
その昔は、海外においても夫の収入は夫のものという考え方でしたから、主婦の家事労働の価値が認められ、現在のように夫の収入は夫婦の共有財産であるという考え方が取られるようになるにはずいぶん長い年月を要しています。

こんなことは、離婚のような事態にならなければそれほど意識する必要もないというのがたいていの夫婦の実情なのでしょう。
夫が遺言に『家は○○に譲る』などとえらそうに書いたとしても、実のところは、すでに半分は妻のもののはずであったりするわけですね。
税法の観点から言えば、6千万円の家を婚姻中に取得した場合、妻の寄与分を5割とすれば、もしその家が夫の単独名義なら、妻は夫に対し3千万円を贈与したことになり、夫は多額の贈与税を支払わなければならないことになります。(実際に税務署から『支払え!』と言って来た話は知りませんが。(^^; )

財産の多い方は、相続の際の節税対策としても不動産や預金の名義などについては意識しなくてはならないでしょう。
(婚姻期間が20年以上なら、不動産2千万円までは無税で夫から妻に譲れる贈与税の特例もあるようですので、該当する方は調べてみてください)

もしお互いが各々の収入・財産を知らなかったら・・・

たとえ財産は多くなくとも、夫婦が双方の収入や預金などについて知っておくことは大事なことです。
妻のパート収入を、妻が自分の小遣いと思っていたり、夫の給料から手渡しで生活費をもらっている妻などは、おそらくお互いの収入を正確には知らない夫婦なのでしょう。
我々の年代では、たいていの方が面倒な家計のやりくりを妻に任せるために収入の全てを妻に渡して、妻から小遣いをもらう夫、という夫婦なのだと思います。

ひとたび『離婚』の問題となったとき、あるはずの預金を『全くない』と妻が言う。
夫は、『ぜいたくな生活をしていたわけではないし、浪費グセもなければお金のかかる趣味もないのに…』と思う。
夫の自由に動かせるお金はまったくなく、ただの性格の不一致が原因なのに、妻は慰謝料を要求している。
別れて子供を引き取り、過酷な生活が待っている妻としては、絶対に要求を曲げない。
・・・などという問題は本当に多いものです。

また、最近の若い夫婦の場合は、共働きで男女同等、ときには妻のほうが収入が多いケースもあります。
お互いに仕事を持っているのだから、家事は分担して、双方が生活費を出し合って家計をまかなうような夫婦もかなり多いと思われます。
こんな夫婦生活は、いわば合宿感覚で、生活費を均等に出し合いさえすれば余ったお金は各自の自由裁量で小遣いとして使おうが貯蓄しようがお互い干渉しないようです。
これがエスカレートすれば『週末婚』と称して、平日は別々に生活し、土日だけいっしょに暮らすようなこともあったりします。
そこまではいかなくても、自分の稼いだお金は自分のもの、夫が妻子を養うのは当たり前とばかりに、妻が自分の給料のほとんどは自分名義の口座で貯蓄して、夫の給料で生活して妻のぜいたく品さえ夫の給料で、・・・
などというケースは多いように思います。

夫婦には『相互扶助義務』というものがあります。
前述のような『生活費を出し合う夫婦』というのは、一見理にかなっていると思われるかもしれませんが、実はこの義務は、どちらかが失業したり病気になったりしたときは、一方が困ったほうの相手を支える義務です。
こんな夫婦の場合は、一方にリストラ・減俸などがあった場合、支えるどころか相手を責めるようなことになりがちです。
長持ちしない夫婦が多いのですね。

また、夫のほうが稼ぎが少ないのに、家事のほとんどは妻、おまけに仕事の拘束時間も夫のほうが長く、夫はほとんど家庭を顧みない、というような夫婦がいたとしましょう。
こんな不満がたまると、妻は預金はあるし、そこそこの稼ぎもあるので離婚になってもそんなに困ることはない、と考えがちになるのでしょう。
家計を妻に任せっきりにしておけば、妻の預金の額、そのありかさえ分からず、財産分与・慰謝料・養育費など妻の要求に対して夫は『なすがまま』ということにもなりかねません。

相手の突然の離婚要求

ある夫が妻から離婚調停を申立てられました。
夫は、妻に自分の給料を渡していっさい家計を任せていました。
世間一般的にも決して収入が多くない夫、子育てばかりで単調な生活に嫌気のさした妻、
『こんなはずじゃなかった』という思いを毎日のように夫にぶつけるようになっていきました。

『こんなに収入が少ない人だったら結婚してなかったわ!』

『あんなつまらない会社辞めたらどうなのよ!』

夫が妻の度重なる暴言に耐え切れず、毎日家に帰ることも苦痛になっていた矢先のことです。
妻は、突然家を飛び出し、実家に身を寄せて、今度は妻の両親から電話で罵倒の言葉を浴びせられます。

『いったい何を考えているんだ!!』

夫は、身に覚えのない非難に理不尽な思いを味わった末、妻から離婚調停を申し立てられました。

子供の出産前は共働きで、妻は相当額の預金を持っているはずです。
妻は、自分の稼ぎは全て自分のものとして自分名義で預金を貯め、夫の給与からやりくりで余ったお金も自分の口座に入れていたようですが、その額が一体いくらなのか、何銀行に預けているのか、夫は知る由もありません。
自分の収入が少ないうしろめたさも手伝ってか、夫は妻の収入を知ろうともしなかったのでした。

調停申立書に書かれていた妻の離婚理由は、こともあろうに
『夫の暴言』・『生活費を渡さない』でした。
慰謝料500万円の要求も書かれています。
調停では調停委員が妻の言い分をそのまま信用し、まるで安物の示談屋のように、
『いくらなら出せるんだ』
と迫ってきました。

さあ、あなたならどうしますか?
決して他人事じゃない方も多いのではありませんか?
これとは逆に、夫の収入のみで生活し、お金の管理も夫任せの場合、離婚問題ともなれば、妻はいわゆる『兵糧攻め』という最悪の憂き目を味わうことになってしまうのです。

お互いの収入を知り、財産状況を把握しておくことは、必ずしも離婚に備えるとか相手を信用しないとかの意味合いではなく、当然の危機管理なのですね。
もしこのことができていないまま離婚問題が起きたとしても、完璧ではありませんが打つ手はありますので、専門家にご相談ください。

突然夫から離婚要求をされたら、・・・

私が叩き込まれた交渉の基本

私は、社会人になりたての頃、衣料品卸売業の販売員として働いたことがあります。
ある日、一人のインド人がやってきて、片言の日本語でこう言いました。
「ワタシハ、コノセーターヲ、ディスカウントシタイ」

卸売では、わずか1枚を買うことは「私用買い」であって、見も知らぬ人に値引きすることなどほとんどありません。
しかし、ヒヨッ子の私は、相手が外国人であり、その眼の恐さ、迫力に圧倒されてしまったのか、気後れしてしまい、つい自分から原価すれすれの値段を言ってしまいました。
相手は、とてもそんな値段では納得してくれず、どんどん強気に値引きを要求してきます。
結局、成り行き上しかたなく原価割れの値段で売ることとなり、そのインド人は、さして感謝することもなく、わずか1枚のお買い上げで帰って行きました。

あとでこっぴどく上司に叱られてしまったのは、言うまでもありません。
私のやったことは、会社にさほど大きな損害を与えたわけでもないのに、なぜそんなにいけなかったのでしょうか?
ひとつは、相手に何の感謝もされていないのに、こちらは損失を出していること、したがってこのことが後の商売に何も繋がらないこと、などいろいろと反省点はあります。

このとき私が直後に思ったことは、自分の交渉術のまずさでした。
「しまった!」、「やられた!」、「なんでこうなったのだろう?」
見事に相手のペースに乗せられた新米の私は、後悔だらけでした。
なぜ「値引きはできない」、「売れない」と言えなかったのだろうと。
利益なくして在庫を減らし、「売った」と胸を張っても、何の意味もない無駄働きです。
販売員は物を売るのが仕事、と考えがちですが、どっしりと構えて「売らない」という選択も当然あっていいものであり、逆に、たとえ先に赤字を出したとしても相手に感謝され、次からの大きな利益に繋がることもあります。
こんな初歩的な交渉術は、多くの人が社会に出れば経験し、少なくとも大損することなく、あわよくば相手にも感謝され、自分の会社の利益になっていくこともあるわけです。
私が上司に最初に叩き込まれたことは、こと価格交渉においては、買うときは「欲しがるな」「自分から先に値段を言うな」の二つであった気がします。
交渉の中では「売りたい」「買いたい」の心の中を見透かされた時点で勝負が決すると言っても過言ではありません。

同じようなことは離婚の交渉においても言えます。
最近非常に多い例なのですが、夫から突然の離婚宣告を受けた妻がいるとしましょう。
理由はさておき、夫は妻と別れたくてたまりません。
しかし、妻に明確な不法行為がない限り、一方的に別れたいと言っても、妻が応じなければ夫の目論見はたちまち暗礁に乗り上げてしまいます。
これとは逆に、さしたる理由がなくとも双方が合意すれば簡単に離婚することができるのも法律です。
当然、夫は妻の口から「離婚します」の同意の言葉を導き出すために最大限、あの手この手の努力をすることになります。
もちろんそんな夫婦ですから当然ケンカも絶えなかったでしょうし、そのケンカの中で勢い余って妻が「離婚」の二文字を口走ることもあったでしょう。
夫は、「お前はあのとき『離婚だ』と言った」と、過去のケンカから出た言葉をあげつらって、「だから双方、離婚に合意だ」とこじつけてきます。

夫の術中にはまらないこと

そこで、そんな妻たちに私が言いたいこと、
決して安易に夫の意向に対して「分かりました、離婚しましょう」と同意してはいけないということです。
こんな諍いばかり繰り返せば、妻も「いっそ離婚したい」の気持ちになるでしょうが、それでは夫の思う壺になります。
この場合の妻は、離婚したくてたまらない夫に対し、「離婚しません」と言える、交渉を進める上で圧倒的に有利なカードを握っているのです。
妻の口から離婚の2文字を発することは、その有利なカードをみすみす手放すことになってしまいます。
「待ってました」とばかりに夫は離婚条件の交渉に入り、「離婚については双方合意、残るは条件交渉のみ」の既成事実化に躍起になるばかりです。
そこからは必然的に夫優位に事が進み、見事に夫の術中にはまってしまいます。
妻がいつのまにか夫のペースに巻き込まれ、結局不利な条件を呑んでしまうことが多いのは、会社の営業など社会にもまれ、ほろ苦い経験を繰り返しながら鍛えあげられた夫に、まるで赤子の手をひねるように翻弄されてしまうからででしょうか。

相手の気持ちを見透かし、自分の本心は見抜かれないこと

こんな夫に負けないためには、先ほどの価格交渉の例えで言えば、妻は自分の離婚したい気持ちを見透かされることなく、夫の離婚したくてたまらない気持ちを上手く利用するということが大事になってきます。
夫がいかに妻から「離婚」を言わせようと誘導しても、決してその挑発に乗ってはいけません。
たとえ妻も離婚を望んでいたとしても、妻が懐に「離婚しません」という言葉を隠し持っていることは、夫に対しての何より強い切り札です。
そして、妻が「自分は離婚を望んではいないのに突然夫から離婚を要求され、大きな精神的苦痛を受けた」と主張できることも、夫に対する強い武器となります。

また、夫から「では、いくら出せば離婚するのだ?」と聞いてきても、決して妻から数字を言わないことです。
金さえ出せば動く、とばかりに足許を見られかねませんし、妻の答えた金額がひょっとしたら夫の考えているものより低いことだってありうるのです。
夫が金額を言うことにより、常々離婚を考えている妻は、ついつい「とてもそんなものでは離婚できない、せめて××くらいは、・・・・」などと応戦することもありがちです。
一旦お金の話になるとどんどんそちらに進み、結局条件闘争だけになってしまい、離婚の合意そのものはいつの間にかできてしまっている、といったことにもなりかねませんので、これも気をつけてください。
何より、妻が金額を出せばそれが上限となって話が進み、それ以上になることはありえませんが、夫から提示したとすればその金額は下限であって、妻が逆に提示するまでは天井知らずで進むことになります。
これが「欲しがらない」「先に値段を言わない」の価格交渉の基本です。

もうひとつ忘れてはならないことは、「離婚したい」と「離婚します」は、まったく別物だと言うことです。
夫婦ゲンカの中で「離婚」と口にしたところで、そんなことはおそらく9割以上の夫婦が経験することでしょう。
夫が「あのときお前は離婚したいと言った、実は俺も離婚したかったのだ、だから双方合意だ」などと主張しても、まったく意に介する必要はありません。
「それはそのときの単なる個人的な希望であって、意思表示ではありません」
「したいけどできないのが人間じゃありませんか」
と、軽くいなせば済むことです。

妻が毅然として自分の意思を示すことで、離婚したくてたまらない夫は、
「もしかしたら、妻はこのまま離婚しない気持ちを押し通すかもしれない」
と、だんだん精神的に追いつめられていくことになります。
夫から条件を提示され、「考えとけ」と、宿題を与えられる立場になることは避けましょう
妻が言葉少なく「離婚はしません」と言うだけで、逆に夫に宿題を与えたことになり、次に口を開いて条件を提示しなければならないのは夫のほうになります。

ズルイでしょうか?卑怯だと思いますか?
この程度のことで後ろめたい気持ちになる必要は毛頭ありません。
夫の離婚したい理由は、こんなことよりはるかに非難すべきことかもしれないのです。
一生の一大事です。気後れすることなく、あらゆる手段を講じて交渉を有利に進めましょう。

早期の相談がカギとなります

この話を読まれて、「離婚の相談は早ければ早いほうがよい」と思われた方、正解です。
いくら文章を読んだとしても、海千山千の夫に対して毅然としてそれを実践することは、大変難しいことだと思います。
もし夫にとっては「バラ色」、妻にとっては「地獄」の離婚後が待ち構えているとしたなら、いくら「平常心で冷静に」などと思っていたとしても、面と向かい合えばどうしてもあふれる感情が出てくるものです。
夫のペースに乗せられ、知らず知らずのうちに自分に絶対有利なカードを放棄して、ギリギリの最終段階で専門家に相談を持ちかけても、「何故もっと早く来てくれなかったの?」と言われることになってしまいます。

もちろんここに述べたことは、交渉の手法・心構えとしてごく一部の例えであり、実際の場面ではもっともっと複雑な要素が絡まりあっているものですから、「失敗したから責任を取ってくれ」と言われても困りますが、あなたに当てはまるヒントがあれば、と思います。
交渉の一方の当事者の知恵袋として、心構えを伝授する有能なブレーンとして、心の支えになれるよう全精力を傾けるのが、私の仕事の重要な責務です。

協議離婚においてモノを言うのは、法律だけではありません。
社会に揉まれたことのない弁護士より、実は「生き馬の目を抜く」と言われるような社会経験の多い行政書士のほうが離婚交渉をはるかに有利に進めてくれることがあることもどうぞお忘れなく。


円満離婚のススメ

できれば協議離婚を勧めたい

離婚相談では、当然に夫・妻の一方からの言い分を聞くことになります。
弁護士のように示談・裁判が仕事であれば、当然相手方の言い分に触れることになります。
弁護士は、受任後にむしろ相手方に正当性があると感じたとしても、自分の依頼者が勝つための理論武装をしなければなりません。
『相手からひどい目に遭ったから、社会的制裁を与えて欲しい』『相手が悪人としか思えない』などという、もはや円満解決など到底望めそうにないような相談は、最初から弁護士にお願いしたほうがいいということになるでしょう。

調停は裁判と異なり、あくまで公の話し合いの場ですから、そこに求められるのは話合いによる結論です。
しかし、調停の段階で弁護士に依頼するともなれば、弁護士は、裁判に移行することも見据えて、依頼者の意向に沿った『勝つ』ための仕事をしますから、相手方ものんびりと構えていることはできなくなります。
話し合いとはいえ、双方がある程度の『戦闘モード』にならざるを得ません。

行政書士はそのような争いの中に踏み込んで行くことが仕事ではありません。
お互いの協議が終わった後の、あるいは、今後争いにならないように丸く治めるための書類作成が仕事なのです。
私個人的には、『相手を懲らしめてやろう』という気持ちは、後で自分にとってつらいものになって戻ってくるような気がするものです。

とはいえ、少なからず争いがあるから離婚という結末になるということも確かです。
100%満足とは行かない不満や虚しさを残してしまうのが離婚です。
たとえそうであれ、それらの満たされなかった心をどのように昇華していくかを考えれば、人は、過去を早く忘れ去り、これからの未来に向けて希望を持つ以外ないのだ、と思います。
徹底的に争うにはお金も時間もエネルギーも必要な分、精神的ダメージも、争わなかったときとは比較にならないほど大きなものになることもあります。

いっぽうで、自分の主張が一切誰にも認められず、かといって争うこともできずに離婚し、割り切れないまま相手に対する怨みが募り、悶々とその後の日々を送ってしまうような場合には、調停・裁判というはっきりした決着をつけることも必要でしょう。

要は、心の整理をつけて次の人生へのスタートをきれるかどうかなのだと思います。
日本の裁判離婚はわずか1%です。
決着までには長い時間を要します。
離婚の紛争の場合、調停前置主義といって、調停を経てからでなければ裁判には臨めません。
そのためには大概の場合、前提としてまず別居という大作業があるでしょう。
調停は月に1度程度しか行われず、わずか2時間程度、1人に与えられる時間は1時間弱と考えてよいでしょう。
そんなまどろっこしさの中で、『自分はいったい何をやっているのか?』というような焦燥感や虚脱感、『もうどうでもいい』という諦めの気持ち、そんなことでお互い疲れ果て、恨みも薄らいでいくのがほとんどの実態かもしれません。

そう、人間は同程度の恨みをずっと持ち続けるようにはできていません。
辛かった過去を糧として、今後の生きる力に変えていく方法を知っています。
そのために最も必要な作業が、相手に対する攻撃のエネルギーのほんの一部でも自分に向け、自分を振り返るということ、月並な言葉で言えば自分に対する反省だろうと思います。

ほっとした言葉

先日、書類作成を依頼されたお客様の相手方のこんな言葉に触れる機会がありました。

『私にも悪いところがあったのだから、…』

この言葉は、なぜか私をほっとさせる強烈なインパクトとして残りました。

なぜ、こんな簡単な、どこにでも転がっている言葉が、こんなにも聞けないのか、という気持ちにもなりました。
この一言は、私に、この方は今後二度と離婚というような不幸な事態にはならないだろうと実感させるに十分な言葉だと思いました。

この夫婦の離婚原因は不貞、つまり、私の依頼者が有責配偶者であったわけですが、そのことに対してすでに相手を責めてはいないのです。

3組に1組が離婚するような時代です。
ネット世界では誇張してとりあげられていても、現実の離婚の大半は『性格の不一致+α』が原因なのです。
日本という国は、極端なDV・モラルハラスメント、一切家庭を顧みず繰り返される悪質な浮気というように、悪人が犇いているような国ではないのです。

生まれ育った環境や受けた教育などまったく違う男と女が結びつくのが結婚です。
価値観、行動パターン、経済観念、家庭のあり方や子育てに対する考え方、日常生活でのちょっとしたことなどあらゆる面でお互いを認め、許すには、お互いの譲歩や我慢といったものが必ず必要になります。

こんな些細なことから、…

こんな話があります。
読書好きの夫がいました。
ある日、妻が夫にこんなことを言います。

『図書館の本や古本は家に持ち込むな』と、…

その理由は、『誰が触ったか分からないものだから、不潔だ』ということでした。
夫にとっては、結婚前にはそれこそ予想だにしなかった観点から自分の趣味を否定されたのです。
きれい好きは、むしろ妻の長所と思って結婚したのに、…

その他にも夫は常に石鹸で手を洗うことを妻にチェックされ、夜寝る前にトイレに入ると、もう一度風呂に入って身体を洗い直してこなければ布団に入ることを許されません。
家庭での立ち居振る舞いの一挙手一投足に、いつも妻が何を言い出すかに対してピリピリと身構えていなければならず、妻の意向にそぐわないことはまるで『人でなし』のように扱われてしまいます。

これでは夫は、とても家庭に安心を求めることはできません。
妻に対する夫の気持ちは、徐々に『オレの身体がそんなに汚いのか』『オレがそんなにきらいなのか』というようなやりきれないものとなっていきます。
唯一の趣味までそんな理由で否定されるようでは、家庭への足が遠のき、夫婦の関係が冷めていっても仕方ありません。

このように、ほんの些細な感覚の違いからでも、一方からの絶対に妥協を許さない強制や束縛があれば、簡単に夫婦関係はほころびてしまうこともあります。
妻は、夫に対しごく普通の人にはない生理的な嫌悪感を一方的に主張し、強要しているわけです。
もし、この場合夫がちょっとしたきっかけで安心できるような女性と浮気するようなことになったとしても、私がこの事情を身近に知っていたら夫を一方的に責める気にはなれないかもしれません。

しかし、法律的には100%夫が悪いから、慰謝料を払えということになるのでしょう。

これはこれで法律に従って仕方ないとしても、問題はその後です。
自分の正当性が公に認められ慰謝料を勝ち取った妻が、自分を振り返らず無反省に次の人生をスタートすれば、また同じ過ちを繰り返してしまうことになりかねません。
法律を最優先に考えることが必ずしも人の幸せに繋がるということではないのです。
法律にはこんな冷たい側面があります。
10年の結婚生活で9年11ヶ月相手を思い、尽くしたとしても、その100分の1未満のわずか1ヶ月に不法行為があれば、10年間丸々相手を苦しめたように見なされることもありえます。
たとえ裁判官でさえ、長い夫婦生活の実態や真相の中に入っていくことは困難なのです。

第三者に任せる前に

相談のお話を聞く中で、『おやっ』と思うことがあります。
『それくらいは許してあげたら?』という部分が往々にしてあるからです。
不幸にして離婚という結末になったとしても、まるで『罪をあがなえ』というような姿勢になってしまうこと、特に子供さんがいる場合、父親(母親)を犯罪者扱いにしてしまうような決着は避けたいものです。

夫婦間で協議を進める際、相手を徹底的に痛めつけなければ気がすまないという気持ちで最後まで臨むことを私は勧めません。

離婚の協議を『交渉事』と捉えるのは嫌な気持ちもあるでしょう。
しかし、その話し合いは交渉以外の何物でもない、ということもできます。

交渉となれば、双方が納得の上の結論が最も大事となります。
これが第三者の手を借りてジャッジする裁判による決着とは根本的に異なるものであるのです。
交渉が譲歩なしに進むことはないと言ってもよいでしょう。
それは、対等な1対1の人間がお互いの正邪を決めるのではなく、悪は悪としてもそれを『許す』という、人間にしかない心をもって当たらなければ、相互に納得のいく解決はできないのだと思います。
そして、ほとんどの場合夫婦はそれができるのだとも思います。

謀略によって意思に反して無理やり結び付けられた夫婦でもない限り、愛情が深ければ深いほど結果的に裏切られたことによる憎しみは深いものになるでしょう。

しかし、傍から見ていくら憎しみあっているように見える夫婦でも、長い年月を経ていれば、楽しい思い出や、嬉しかったこと、たくさんあるはずです。
第三者が代理人を引き受けたとしても、とても入り込めない世界が当事者同士にあるはずなのです。

相談を受けた人が、『それはひどい』とばかりに正義感を持って、できるだけ多くの慰謝料をもらうことに協力してあげようとがんばったら、案外依頼者の恨みはそれほどでもなかったという例は、意外と多いようです。

助言程度は参考にしたとしても、あくまで当事者の1対1、大人同士の二人の意思を尊重した結論を、二人の力で導き出していただきたいものです。

訳知り顔で人の間に割って入り、どちらが悪いなどと判定するような行為は、いかにキャリアを積んだ専門家であってもすべきではなく、それはどちらか一方に対し、人としての尊厳を踏みにじる行為とも言えます。

第三者が入り、人を裁くという行為はかくも重いものです。
その後のその人の人生を決めてしまうような重大な行為を、少なくとも私は進んでしようとは思いません。
裁判においては、法律や判例にとらわれて、それこそ双方とも納得のいかない判決もありうるわけです。
さほど争点がないにもかかわらず、安易な気持ちで『公正な目でジャッジしてもらおう』と裁判に持ち込むようなことは避けるべきだと私は思います。
極端な言い方をすれば、自分の運命を他人に預けてしまうような面もあるでしょう。
結局は、『何も分かってくれない他人』『自分の思い通りにはならない他人』をお互いが感じてしまうことに終わるのではないかという気がします。

大事なのはこれからの人生

離婚問題の解決は、それまでの生活の清算という意味合いより、これからの双方の人生の再スタートにとってより良い解決になることに重きを置くべきだと私は思っています。
他人に裁かれ命令されるような解決方法より、完全な満足とはいえなくても双方納得の上での解決のほうが良いに決まっています。
失敗によって成長することがなければ、失敗はただの『痛くて思い出したくない思い出』でしかありません。
離婚を機にそれまでの人生の総括をして、反省すべきは反省し、次の人生に生かすことこそが大事なことなのです。

お互いが相手の次の人生に対してエールを送れるような気持ちになれること

それにはお互い憎しみ合うことをやめ、相手への攻撃をやめ、謙虚に自分を振り返ることが大切です。

『私にも悪いところがあったのだから、…』
そんな言葉をお互いが聞けたとすれば、離婚後もお互いの立場を尊重し合い、二人の間の子供たちのためにという共通の目標を最優先できる『理想的な他人同士』になれるのではないでしょうか。

行政書士としての私の役割は、相談者に対して対決姿勢を煽ることではありません。
お互いを許すところは許し、譲るところは譲る、素直で謙虚な心を持って双方が穏やかに話合いができる環境を作り出すための努力こそ、我々行政書士の使命なのであろうと思います。

人は、裁判によって結婚するわけではありません。
離婚も二人だけの意思で、合意の下に決められる協議離婚が理想なのだ、と私は常々思っています。
他人に決められた『二人の約束』というものは守られにくいと思ってよいでしょう。

『裁判で極悪人のように言われてしまった』という夫の嘆きを聞くこともあります。
調停段階ではまったく主張しなかった『子供はオレの子ではない』とか『妻も浮気していた』などという、言われなき反撃を裁判の場で夫から受け、大いに傷ついた妻の例も聞きました。

根拠のない嘘は裁判官も容易に見抜くことができますが、民事においては『偽証』の概念の適用がなく、このような発言を止めることができません。
言い換えれば、裁判は、それほどに熾烈な泥仕合の場所でもあるのです。
調停・裁判でいかに権威ある調書・判決書を得たとしても、養育費などは結果的に途中で払われなくなることが多く、後々のトラブルを抱え、過去を引きずってしまう原因はこの辺にあるのではないでしょうか。


※ 本文は、双方が話し合いの余地がある場合の心構えとしてご参考になればと思い、書いたものです。
相手方に一切話し合いに応じる見込みがなく、やむなく調停を申立てられる場合は、以下の『離婚調停をひとりで戦うために』を参考になさってください。
協議か調停・裁判かの選択以前の問題として、大変な時間と費用の壁により、多くの方がやむなく協議離婚を選択せざるを得ない厳しい現実もあります。


離婚調停をひとりで戦うために

離婚調停とは

現在、離婚調停は全国各地で年間6万件以上行われています。
しかし、結果的に調停離婚となるのは2万件あまりですから、計算上3分の2の方が合意に至らないことになります。

言うまでもなく、調停は双方の話し合いの場所であり、裁判所の命令や判決の下るところではありません。
たとえ最善を尽くしたところで相手方が従わない、あるいは出席しないことなどにより「不調」という結末になります。
現在の法律では、弁護士以外はたとえ親兄弟であれ、本人の代理人や付き添いとして調停の場に立つことはできません。
しかし弁護士は人数も少なく費用も相当な金額を要するため、大半の方ははじめての慣れない調停の場で「ひとりで闘う」ことになるわけです。

離婚の争いでは徹底的に闘うといっても、「調停前置主義」といって調停を経ずにいきなり裁判を行うことはできません。
裁判においては確実に法律のジャッジがくだり決着がつきますが、調停→裁判に要する時間とお金、エネルギーはたいへんなものとなります。
できれば早期に調停で決着をつけたいのは、誰しもの当然の願いです。

しかし前述のように大半の方は調停での決着を見ていないわけですから、結果的にやむを得ず不利な条件で離婚したり、意に反して離婚できず我慢の日々を過ごしているのが実情かと思われます。
もちろん運よく優秀な弁護士を見つけられた方は、調停で決着しなくても裁判で希望に近い判決を勝ち取れるのでしょうが、そのような費用と運と時間の余裕に恵まれた方はごく少数です。
大半の方が泣き寝入りに近い形で理不尽な思いをされています。

「法律は弱者の味方ではなく、法律を知る者の味方である。」とはよく言われます。
配偶者をひどい目に合わせた上に経済的にも追い込んだ末、最後は責任を逃れられるようなことがまかり通るのです。

本サイトは、「離婚問題解決支援サイト」の名前どおり、ひとりで自力で問題解決をしたいという強い意志を持った方を応援することが主旨です。
そのような方に少しでもお役に立てるよう努力し続けます。
ぜひ、ご参考になさってください。
 

調停に向かっての心構え

依頼心を捨てること 

離婚調停に臨むにあたって、最も大切な心構えは、弁護士などの専門家に頼めば何とかしてくれるというような気持ちにならないことでしょう。

現在、全裁判所は年間150万件の裁判や調停を抱えています。
これに対し、全国の弁護士の数は2万人強です。
家庭裁判所での離婚調停は6万件程度です。
この数字をどう思われるでしょうか?
「あなたひとりの離婚問題にかかわっているヒマなどないのですよ」という声が聞こえそうな実態です。

私の住んでいる大阪の大阪弁護士会のサイトには「弁護士検索」というページがあります。
弁護士を地域別や扱い業務別に検索することができます。
そこには大阪の弁護士で2100人ほど登録があるようですが、離婚問題を扱うかどうかで検索すると4〜5分の1程度の4百数十人に減ってしまいます。
おそらく地方ではもっと厳しい数字になるでしょう。

裁判・調停は弁護士しか担当できないが、絶対数があまりにも少ないということです。
しかも弁護士法には「受任義務」というものがありません。
仕事を請けるかどうかは弁護士の自由意志だということです。
「一見さんお断り」であっても、この件数と人数からすれば無理もありません。
弁護士探しは困難を極めます。

一方で、我々行政書士は、依頼者の代理人となり、裁判や調停に席に座ることはおろか、申立書を代筆することすらできません。
法律に反しない範囲での助言程度しかできないのです。

たとえ運よく弁護士が見つかったとしても、弁護士の業務は多忙です。
婚姻期間の長い夫婦の内情を少ない時間で把握するなどということは、いかに優秀な弁護士であっても困難なことです。
弁護士の尻を叩いていれば大丈夫と思い、調停の場で弁護士に任せきりだったために、言いたいことの半分も言えなかったというようなことも出てきます。
問題は本人の依頼心だと言わざるを得ないでしょう。

私の相談者でも、最初から「どうしましょう?」という姿勢の方は解決が難しいものです。
場合によっては、離婚するかどうかさえ決めずに来られる方もおられます。
「先生に決めて欲しい。」ではお話になりません。
逆に、すべて方針を自分で決め、条件も決めて、申し分ないほどさまざまな資料を抱えて、「私はこうしようと思っているが、どうですか?」と確認を求められるような方は、解決も早いということになります。

調停は、場所が裁判所とはいえ、裁判所からの決定が下るわけではありません。
自分の配偶者のひどさを他人に聞いてもらうためだけに行く場所でもありません。
夫婦の間でいくら話し合っても解決しなかった、または最初から全く話し合いにならなかったから調停に行くことになるわけです。
単にそれまでの夫婦のいさかいの延長線上で自分の不満を並べ立てて、「誰かが分かってくれるに違いない」という他力本願では、自分の運命を安易に他人の判断に任せることにしかならず、決して満足の行く結果は得られません。

「これからの自分と子供の人生がすべてかかっているんだ」という強い気持ちで臨み、綿密な計画を立ててください。

相手を恐れない毅然とした態度

あくまで調停は戦いの場であると思ってください。
たとえ原因が夫の暴力であったとしても、それまでのように恐れてはいけません。
また相手が弁護士をつけてきたとしても怯んではいけません。

まず、自分の言い分のほうが絶対に正しいという確信を得ることです。
そのためには、離婚に関する法律知識を叩き込むことや、調停の前に専門家の意見を聞くことも必要でしょう。
調停がいくら譲り合いの気持ちが大事とはいえ、こちらが300、相手が100だから、間をとって200にしましょうという商取引のような場所ではないはずです。

心配されるのは、妻が長年のDV被害などに会って、欝病や不安障害などに陥っている場合です。
実はこのような方が現状では非常に多いのです。
最悪の精神状態で調停に臨めば、いくら事前準備を万全にしたからといって、いざ本番のときになって、相手が目の前にいない別席調停であっても、恐怖感に襲われたり、過呼吸の症状が出たりでは、思うに任せないことになります。

何よりこんな人は長年「自分さえ我慢すれば、」とか「自分が悪い」と思い込んでしまうことを経験し続けていますから、肝心のところでつい弱気になりがちです。
親権などが争点の場合、安易に自分の弱さで夫にそれを譲ってしまうようなことになると、自分ひとりの問題ではなくなってきます。

難しい判断になるかもしれませんが、調停の精神的圧迫に耐えられるだけの時間の余裕は考えておかねばなりません。

「調停が不成立に終わった場合どうされますか」、と調停委員から聞かれることが多いと思います。
「仕方ないのであきらめます」という答では、決意自体を疑われることになりかねません。「今はこの調停で勝つことしか考えていません」とか、「裁判になっても自分の主張を通します」という毅然とした態度のほうがよいでしょう。
あくまで譲歩するのは最後の最後と思っていてください。

覚えておきたいのは、調停委員のスタンスです。
調停委員は、離婚を推進する立場ではありません。
お互いの言い分を聞いてどちらが正しいかという、行司の軍配をあげるような立場でもありません。
調停委員に求められるのはあくまで「公平」であることです。
たとえどちらかの非が明白であったとしても、やり直しがきくのであればやり直したほうが良いという立場です。
ですから、余計に申立人の毅然とした態度が重要となるわけです。

申立人が離婚は当然として、慰謝料・養育費などの要求に重きを置いているのに、調停委員にとって、そもそも離婚自体するべきかどうか判断がつきかねるようなことでは、調停の入口のドアから中に入れないも同然です。
「申立人の意志が固く、修復不可能。離婚もやむなし」という大前提の結論を早期に得るために、毅然とした態度、万全の準備で望みましょう。

離婚調停は約1カ月おきに行われますが、決着するにしろ、不成立に終わるにしろ、その回数の平均は3回くらいと言われています。
戦いの場と思えば先制攻撃がいかに有効であるかは、言わずと知れています。
相手方が「いったい何を言われるんだろう。まあとにかく行かないと仕方ないか。」というような漫然とした姿勢で臨んでいる場合、一気に叩き潰すくらいの迫力で臨みたいものです。
少なくとも、2回での決着を目標としましょう。

調停に望む準備

大方針を決め、申立て書類を作る
まず大方針を決めることです。
ここでは円満調停の話は抜きにして「離婚したい」方に絞ります。

自分の考える離婚の主原因と、親権・養育費・慰謝料・財産分与の離婚条件を決めます。
離婚原因が相手の不貞行為や暴力などで、はっきりとした証拠がある場合は、自信を持って臨めるでしょうが、性格の不一致や言葉の暴力などが原因の場合、双方にはっきりと離婚の意思がなければ結論が長引くケースも出てきます。

そのような場合は、予め専門家に相談したほうがよいでしょう。
離婚条件の金額についても、見当が全くつかない場合は専門家に相談してください。

注意したいのは「法外な要求をしない、または譲り過ぎない」ということです。
いくら相手に腹が立つといっても「1億円の慰謝料をよこせ」というのは、その半額にしても現実性がありません。
また、逆に少なすぎることは、お互いの譲り合いで進められる調停の途中で「やっぱり、もっとください」という結論にはなりにくいものです。
最初から「せめて最低限でもこれだけは」という要求を出してしまったら、それ以上にはならないということは覚えておきましょう。

また、もし申立人が財産分与を払って妻と離婚したい夫である場合、家も土地も預金も妻に全部譲るなどとすれば「そんなにまでして別れたいのは、きっとなにか理由があるんだろう」と痛くもない腹をさぐられることにもなりかねません。

つぎに調停を始める時期と、想定される決着までの期間を予測します。
通常、申立てから1〜2ヶ月の間に第1回目がスタートし、その後1カ月おきに行われることになります。

すでに別居している、あるいはこれから別居して調停に入る場合は、特に妻の場合は生活費を確保できないままということになると、「兵糧攻め」に合うこともあり、途中でギブアップをせざるをえない羽目になってしまいます。
そのための資金確保はしておかなければなりません。

さて、申立て方法ですが、これはあちこちのHPなどでふれていますので、詳細はそれを参考にしてください。
夫婦関係調停申立書の事件名に「離婚」と書き入れ必要事項を記入します。
(裁判所HP http://www.courts.go.jp/saiban/tetuzuki/syosiki/index_kazityoutei.html )
記入例もあります。

「申立ての実情」の欄は7行程度ですので、要点のみ簡略に箇条書きでまとめて、夫婦の住所地の管轄の家庭裁判所に提出します。
すでに別居している場合は相手方の住所地の管轄の家裁になります。
遠距離の別居の場合は、こちらから遠方に出向くことになりますので、計画性とそれなりの費用が必要になります。

申立書は提出する前に必ずコピーをとっておいてください。
このあと作成する準備資料との間に申立内容と矛盾がないようにしなければなりません。

主張をうまく伝えるための資料作り

調停は1回当り2時間程度ですから、自分に与えられる時間は1時間未満と考え、理路整然と話をできるだけの資料作りが必要です。
「1回目はとにかく時間いっぱいを使って相手のひどさだけを聞いてもらおう」などと、何も準備していないで行って、ただただ長々と相手に対する不満ばかりぶちまけていたりすると、話があちこちに飛んで、「言いたいことがたくさんあるのは分かりますが、結局あなたはどうしたいのですか?」などとたしなめられることもあるでしょう。
そんなことのないよう、自分にとっても話しやすく、相手にも読みやすい資料作りが不可欠です。

自筆のものより、ワードなどのパソコンソフトで作成したほうが、読むほうにとっては読みやすいのは言うまでもないことです。
作成上注意すべきなのは、文字フォントとページ設定です。
字体は明朝が良いでしょう。
画面で見やすいのはゴシックですが、ゴシックは印刷すると線が太く読みにくくなることが多いようです。文字の大きさは12ポイント程度が良いと思います。
通常ワードは10.5ポイントでデフォルト設定されていると思いますが、調停委員はお年寄りが多いですから、小さな文字は読みづらいことがあります。

男女1名ずつの調停委員が進行しますので、どちらかの委員がしゃべっている間に片方の委員が資料を読んでくれるようなことになると思います。

それでは具体的にどんな資料を作るかです。
おもに1.大方針、2.当事者資料、3.離婚原因の詳細の3つに分けます。

まず1.大方針の資料です。
「申立人私○○○○は、相手方○○○○と離婚したい」旨、とその理由を簡単に、
「不貞行為」「度重なる暴力」等々、及び具体的解決方法、「慰謝料○○万円、財産分与○○○○、親権、養育費子供一人当たり月○○万円」、その他の希望事項等。
申立書の内容と重なりますが、自分の意思を示すためにもはっきりと書いたほうがよいと思います。

なぜすでに申立書に書いてあることを再度書かなければいけないのでしょうか?
それは、申立書を書いた日からひと月以上もの時間が経過すると考えの変わる方もいるからです。
ただ、申立書に記入した時点と多少の事情の変化があり、内容を変更しなければならないとしても、思い悩むことはありません。
そんなときは、申立書の内容からこのように変わったとはっきり調停委員に伝えましょう。

この内容は調停の目的そのものの要約ですから、ひとつひとつの項目それぞれに相手方の回答が必要です。
離婚するのかしないのか、理由のひとつひとつを認めるのか、慰謝料・養育費その他の解決方法についてどうなのか、それを口頭だけで調停委員に伝えて、調停委員が記録して、相手方に伝える段階で正しく伝わらないこともじゅうぶんありうることですから、面倒かもしれませんが、最も重要な作業なのです。
相手方の主張が分かれば、それも簡単に書いておけば、より分かりやすくなると思われます。

次に2.当事者資料です。
これは当事者と家族のプロフィール・簡単な財産内容などの資料と、夫婦の年表の2つです。
プロフィール資料に必要なのは、申立人・相手方の氏名(ふりがな)・生年月日・住所・電話番号・職業(できるだけ詳細に)・年収・などです。
子供がいれば名前、男女別・年齢・学校・同居別居の区別等。
あと、住宅(持ち家・借家の別)・不動産・預貯金等の財産状況です。

次に年表です。
夫婦の出会いから、結婚、現在に至るまでの事件を時系列で、1項目あたり1,2行で簡単に書きます。
結婚、子供の誕生、離婚原因となる出来事の発生などがその内容となります。

3番目は3.離婚原因の詳細資料です。
この資料で最も大事なことは具体性です。
1.の大方針で書いた離婚原因は、法律の条文にあるような一般的な表現です。
これに対し自分には実際どんなことがあったのか具体的に示します。
3.の資料に信憑性と説得力を与えるための大事な資料なのです。

これもできるだけ時系列で、長々とした文章にならないよう、できれば箇条書きにして読む人の立場で考えて書きましょう。
暴力があったのであれば、ただ「髪をひっぱられた」という表現だけでなく、例えば「○年○月○日、夜10時頃酒を飲んで帰宅して、浮気について問い詰めたところ、逆上して子供の前で髪を引っ張られ、引きずられた。」
と状況説明を入れれば、読む側にはかなり伝わってきます。けがの診断書や浮気の証拠資料などがあれば持参するとよいでしょう。
暴言などについても同じように状況説明と内容を入れましょう。

このような作業においては、常日頃の「積み上げ」が有効であることは言うまでもありません。
例えば「浮気の証拠」ひとつ掴むのに違法行為のような探偵社・興信所の隠し撮りビデオで膨大な金額を使うこともありますが、お金を使っただけで結局証拠を掴めなかったこともよくあることです。
これに対し浮気を本人が認めたことをテープに録っておくことや、第三者の前で認めさせる証人作りは犯罪とは言えず、費用もかかりません。

暴力を受けた場合には医者の診断書を確実にとっておいたり、暴言をテープにおさめることや、日記として記録すること、メール内容や着信履歴の保存、借金の場合は通帳や請求書の写しなど、厳密に言えば裁判の証拠となるかならないかに関係なく、できる限りの手は尽くしてください。
調停の場でビデオを検証するようなことはないでしょうが、今後裁判に進んだとしても勝ち目はないと相手方を屈服させられる材料にするための効果は、計り知れないものがあります。

最低でも以上の資料を作って第1回調停に臨んでください。
これらの準備は自分が理路整然と話ができる手助けとなるばかりでなく、何より調停委員や相手方に対する強い決意表明を示す武器となります。

当然、できた資料はコピーを2部作って調停委員に渡します。
第1回の調停ではまず申立人が自分の希望やこれまでの経緯などを聞かれ、それを相手に伝え、また相手の答を聞くという通常2往復となります。

せっかくがんばって作ったものであっても、もし、調停での申立人の話や資料に、それまでの夫婦の話し合いと比べて何ら目新しいものが出てこなかったような場合は、相手方に完全に舐められてしまうことも考えられます。
申立人がそれまでにいつも相手に言いくるめられているような場合は、できた資料を専門家に見せて相談を仰ぐことはきわめて有意義なことです。
自分は単なる「性格の不一致」としか思っていなかったことが、実は重大な離婚事由に当ることも往々にしてあるからです。

申立て書類提出から第1回調停まで1ヶ月以上あるでしょうから、いったん資料を作っても何度も読み返し、何度も手を加えればより良いものができるでしょう。
これ以上ない資料作りができたら、資料をもとに30分程度で自分を主張できるシミュレーションを繰り返してください。
本番のつもりで何度も行えば、調停委員が何を質問してくるか、相手方がどう出てくるかの新しい発見ができることもあります。

以上の資料のほか、当日にコメントを求められたり、相手がこう言ったときにこう応えるというための自分用のメモを作成しておきましょう。
どんな言い分にもうろたえることなくこちらの回答を準備しておくことで、相手の立場はどんどん悪くなっていき、こちらの勝利が近づくのです。

調停本番当日

調停の場での心がけ=服装・態度など

まず身なりからです。
見かけと人間性は関係ない、とお思いかもしれません。
しかし、自分の人生を左右する大きな闘いに挑むのに、つまらないことでマイナス材料を作ることがいかにばかばかしいことであるかを考えて、割り切ることが必要です。
もちろん、調停委員には公平が求められますので、建前においては偏見で左右されないことは大事なのでしょうが、近い距離で人と対面で話すときに一切の感情に左右されない人などおそらくいないでしょう。

それでは、どんなことが他人に与える印象を左右するのでしょうか?
特に若い方には、どのようにしたら相手に好印象を与えられるのかまでは行かなくとも、悪印象を与えずに済むのかについての感性は、欠けていることも多いかもしれません。

調停委員は60代前後の、若い方にとっては父母の年齢と思えばよいでしょう。
若い女性の場合、両親にどんな服装をとがめられたかなどを思い起こせば、まず、ヘソを出した短いTシャツやキャミソール、穴ぼこだらけのジーンズなどは論外というのは理解できると思います。
お年寄りの目線で考えれば、長く伸ばした爪にマニキュアやネールアートなどをしていたら、もし相手が「妻はいっさい家事をしない。」などと主張したときには、調停委員がなるほどとうなづける好材料を与えることになります。
指輪、ピアスなどもなるべく避けたほうがよいのは当然でしょう。

男性の場合でもあまり華美、或いはいい加減な服装をして、「真面目なサラリーマンです」とか「浮気などいっさいしていません」などと主張しても説得力に欠ける場合も出てくるかもしれません。
自分好みのファッションには程遠くても、なるべく質素ないでたちが無難でしょう。

次に調停中の姿勢や態度です。
最初に心をこめて「お世話になります。よろしくお願いします」と一礼すれば自分の気も引き締まるでしょうし、悪い印象を持たれることはありません。
いくら調停委員が気さくで親しみやすいおじさんおばさんだったとしても、また「楽にしてください」と言われたとしても、本当に楽にしてはいけません。

男性の場合、足を大きく開いてそり返って座ったり、腕を組んだり、目をつぶって相手の話を聞くなどもってのほかです。
女性も最近、軽くひじのあたりに手を置くように腕を組むクセの持ち主が多いようですが、好ましくありません。
面接試験と思えばよいかもしれません。

言葉遣いについても、いわゆるタメ口では、せっかくよい資料を提出しても台無しになってしまいます。
おそらく自分より若い調停委員が登場することもないでしょうから、少なくとも人生の先輩に対する言葉遣いを心がけてください。


自分が口下手なことを心配している方、相手に弁護士がついているのを心配している方、その必要はありません。
ごくふつうに考えてください。
極端な例かもしれませんが、聞くほうが口をはさめないほどペラペラとよくしゃべる人と、不器用を絵に描いたようたどたどしくしゃべる人のどちらの味方をしたくなりますか?

また別席調停なら弁護士にやり込められることもありません。

涙を見せることは一向に構いません。
悲しく悔しいときに涙が出るのは自然なことです。
ただし、行き過ぎると精神的に弱すぎる、または演技と見られかねません。

調停委員にとって、どちらの言い分が正しいのか判断に迷うこともあります。
感情的になってまくしたてたり、言葉を荒げたりするようなことはマイナスの判断材料にもなりますので、たとえ予想外のことがあっても冷静に対応できる心の準備が必要です。

第1回目調停の進め方

いよいよ本番です。
当日、家裁へは少なくとも15分前に到着できるよう、予め交通機関や時刻表などは調べておいてください。
調停は同日同時刻に何件も行われ、午前午後とも予定がたて込んでいる裁判所が多いのです。
「遅刻」などは、何ひとつ有利に働く要素にはなりえません。
家裁に到着したら受付を済ませ、申立人控室で待機します。

最初に申立人から調停室に呼ばれます。
氏名を名乗り、一礼挨拶をして着席すると、相手方との同席を希望するかを聞かれます。
相手方にすぐ近くで聞かれて心が乱れる、または罵り合いになる恐れのある同席はとりあえず避けたほうがよいでしょう。
別席調停が一般的なので、調停委員自身も同席調停には慣れていません。

持ち時間は30分程度で、申立人と相手方の2往復、合計2時間が通常の形です。
こちらの主張を正確に相手方に伝えてもらうことが最低限の目的です。
用意した資料を一部ずつ男女の調停委員に渡し、資料に沿って冷静に早口にならないよう話してください。
調停委員によっては質問によって話を進めますのでやり方に従えばよいでしょう。

最初に「離婚したい」という結論とその理由を述べてから詳細の説明をします。
だらだらと説明が長くなって時間が足りなくなり、調停委員に「結局あなたはどうしたいのですか?」などと聞かれることを考えれば、まず自分の意思を伝えておくことが重要です。

不貞など、相手に確実に非がある場合には、調停委員から相手方に対し、「あなたに勝ち目はありませんよ」と言ってもらうくらいのことを目標としたいものです。
それまでは単なる夫婦間の揉め事であったことが、第三者から自分の非を責められた相手方のダメージは計り知れません。

「何とかなるだろう」などとタカをくくっていた相手方が用意していた言い分をひとつでもふたつでも引っ込めさせることは、大きな精神的打撃となります。
相手を諦めさせることが勝利を引き寄せることになるわけです。
この最初の30分がいかに重要かお分かりいただけると思います。

最初の30分のあと、交代で相手方が調停室に呼ばれ、調停委員から申立人の話を伝えて、それに対する相手方の意見を聞くことになります。
この間申立人は控え室で待つことになるわけですが、ここで気を緩めることなく、先ほどの復習と次の予習をします。
特に調停委員から何を聞かれどう答えたかや、自分の言ったことに対しての調停委員の感想などを記憶の新しいうちにできるだけ克明に記録してください。
あとで専門家に見せるときなど、次回の対応に役立つ知恵を与えてくれることもあります。

また、その後の30分のための予習も時間が許せば行ってください。
ああ言えばこう言う相手方の性格を一番熟知しているのは申立人なのですから、どうやって相手方の逃げ道をふさいでいけるのかが勝負の大きな別れ道となります。

2回目の入室で相手方の言い分を聞くことになります。
相手の言い分に対する大半の回答は、予め準備した『当日メモ』で用意できていなければなりません。
相手方の回答に全く予期していなかったことが出てきて、うまく答えられないもあるかもしれません。

その場合は、安易にその場で判断して自分なりの答を出すよりは、即答を保留して宿題として持ち帰り、次回に答えるほうが無難でしょう。
どう答えるかについては、専門家に相談して判断してもらうことも考えてください。

2回目以降の進め方、調停の終わり方

相手方の回答に対する申立人の考えを、再度相手方が入室して聞くことで、第1回目の調停は終りです。
相手方が回答を保留した場合、または慰謝料・養育費などの支払を相手方が受け入れ、金額だけが決まらない場合、相手方には「次回まで決めてきてください」というような宿題が与えられ、次回の開催日時がお互いに知らせられます。

慣れないことが終わったら、どっと疲れが出るでしょうが、できるだけ記憶の新しいうちに当日のやり取りを記録しておき、もし、次回持ってくるような宿題を与えられたときは早めに済ましておきます。
また、できるだけ時間をおかずに次回の対応を専門家に相談するのもよいでしょう。

2回目以降の調停は、約1ヵ月後の同じ曜日に行われ、男女同じ調停委員が担当することになります。
日程は調停委員の勤務スケジュールで決まることが基本のようですので、その後も曜日だけは同じになるようです。

前回から1ヶ月経って、考え方に変化はあったか、誰かと相談をしたかなど、初回と同じように双方の主張の合意点を探る形で進められます。
もし、申立人の主張を相手方が大半のむ形で第1回目が終わった場合は、第2回目で、たとえ慰謝料・養育費などの具体的な金額が決定しなかったとしても、審判に移行して審判官の判断を仰ぐこともできます。
離婚そのものに合意しない、または親権がどちらにも決まらないなどの決定を審判に頼ることは難しいことになります。

お互いの主張が平行線になってきた、或いは全く対立した場合は、調停委員から「調停案」が提示されることもあります。
最近は離婚調停の件数が非常に多くなっていることもあり、相手方が全く話し合いの土俵に乗らない場合や、申立人が一切自分の主張を譲らない場合など、2回、3回目で不成立となるケースも多いようです。

しかし、基本的に当事者同士が話し合いを続けたい場合は、調停委員が終了を勧めたとしても同意する必要はありません。
当事者同士が納得することが最も望ましい解決方法であるからです。

もし、1,2点の対立点だけを残し、解決せず、その後調停外で当事者が冷静に話し合えるのであれば、調停を不成立にして、その後の協議による離婚とすることも考えられます。
そのような場合でも調停をしたことが無駄に終わったのではなく、全く話し合いにならずに始まった調停が、お互いの論点を絞る手助けとなったということでしょう。

調停でお互いの合意が成立したら、その結果は「調停調書」という形で文書化されます。
双方とも100%満足のいく解決ではないにしろ、法的に強制力のある文書ですので、その内容に従うことになります。

また、お互い合意を見ることなく不成立に終わった場合、現状すぐそのまま裁判に移行することはそれほど多くないようです。
調停の場でお互い意地の張り合いによる緊張感が、調停が終わることによって解けてしまい、「戦いすんで」の状態になると、その後話し合いもスムーズに進んで協議で解決できてしまうことも意外と多いようです。

1年後、2年後に夫婦の生活の前提が変わることが予想されるような場合、調停委員から時間をおいて考え直すような提案のあることもあります。


裁判を不可能と思ってはいけない

もし相手方が一切妥協せず、調停が不成立に終わりそうな場合はどうしたらよいでしょうか。

相手方が、「まさか裁判まではしないだろう」という気持ちで、一切の要求を拒否した場合、自分も徹底的に闘うと言ってはみたものの、「裁判」という言葉は重くのしかかってきます。
その弱気を見透かされては、相手の「ごね得」ということもじゅうぶん考えられます。

このとき一番気にかかるのが、解決までにかかる時間もさることながら、費用の問題でしょう。
しかし、そんな理由でいっさい申立てた側があきらめ、相手方が従わないという前例ばかりを作ってしまえば、「調停の申立は無視してよい」という考えが定着して、ひいては調停の意義を失うことにもなりかねません。
では、どうするか。

裁判には弁護士が必要という思い込みがあるようですが、必ずしもそうではありません。
民事訴訟あるいは、離婚訴訟などの人事訴訟においては「本人訴訟」という方法があり、弁護士を必ずしもつける必要はありません。
裁判の訴状は本人の記入が前提となっています。

弁護士をつける場合、支払い方法を分割にすることもできますが、最近では弁護士が代理人とならず、アドバイザーとして本人訴訟のバックアップをする方法をとってくれるようなこともあるようです。
その場合には費用もかなり押さえられると考えられます。

ここでは、裁判については触れませんが、裁判も視野にいれることで相手に対するプレッシャーが大きく変わってきますから、決して不可能なことではなく、独力でも可能なのだということは覚えておきましょう。

いろいろと手を尽くしたが、不幸にも不成立となった場合には、そのことを証明するために『不成立調書』を申請してください。
調停前置といって、離婚訴訟は必ず調停を行ってからでないと裁判はできません。
調停を経たことの証明になるのが不成立調書です。
申立人にとって失うものが何もないのであれば、裁判を恐れる必要さえありません。

いずれにしろ、もし弁護士を雇わなければ自分の手に負えないと判断した場合においても、報酬についてはよく確認してから依頼してください。


調停委員の当たり外れについて、本やブログなどでよく目にすることがあります。
「昔の価値観を押し付ける」とか「話を聞かずに早く終わらせようとする」など数々の不満が上がっています。

私の場合、調停を経験された方には、必ず調停委員の評価を聞くようにしていますが、意外とこのようなことはありません。
むしろ「親切だった」「話を分かってくれて、相手に説得してくれた」という良い評価のほうが多く聞きます。
つまらない情報から、不信感をあらわにするような態度だけは少なくとも避けるべきだと思います。

全体を通して、調停に臨むにあたり私が最も大事なポイントと思われることを2点申し上げておきます。

ひとつは、「準備を万全にする」ということです。
受験勉強に例えるのは変かもしれませんが、何事も同じだと思います。
これだけがんばって準備したのだから、という気持ちがあればあるほど自信を持って本番に臨めることは言うまでもありません。
何も準備していない人とは大きく差のつく結果になると考えてください。

ふたつ目は「無知の恐れからの脱出」です。
人間の恐怖感は「知らないこと」から発生するものが多くを占めています。
もちろん大半の方は普通に生活していれば、一生裁判所も調停も知らないままであっても支障のない世界です。
知らないことをする、知らないところに行くことには恐れがつきまとうものです。
それを取り除くためには、まず自分で知る努力をすること、それに周囲の人や専門家に聞き、相談することをためらわないことです。
分からないときには人の助けを借りればよいのです。
気兼ねは後悔につながると思ってください。


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